思いがけぬ戸籍 = 番外編 1 =
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母が亡くなった2013年当時、母のアパートの片づけから続く出来事の展開は、
時に気持ちが追いつかない程想定外の連続だった。疲れ果てて母の方の相続手
続きに手を出しあぐねていた私は、その事実に背筋が凍った。
「祖父とお妾さんとの間には、子どもがいた」
この件について私が直接関係する、現代の事柄を先に書いてしまおうと思う。
田舎の役場から2013年に届いた相続人の確認書類で、それを送り返す寸でのところで気がついた
ことがあった。一見同じ体の書類が2枚あって、記入する内容も同じ。「まあ、2枚必要なんだ
ろう」くらいに思った。返送する直前にもう一度記入間違いがないか確認している時になってや
っと、そのうちの1枚の用紙の名義人の名が、父でなく祖父であることに気がついたのだった。
これはどうしたことなのか、もう住める状態ではない家屋の名義だけが祖父のままなことを、私
はこの時まで全く知らなかったのだ。
私は法定相続人として、たぶん実家の土地を整地して処分しなければならないんだろうなと、その
頃はまだ漠然と思っていた。家屋の解体にずいぶんな費用がかかりそうなことと、土地はそう容易
く売れそうにないことは、訊ねてもいないのにE叔母から幾度となく聞かされていた。
いつ頃のことかは知らないが、叔母姉妹が不動産屋を呼んでまで土地の処分がどうなるか相談して
いたそうなので、自分たちで処分するつもりだったのかもしれない。けれどあんな田舎の土地など
売れないと不動産屋から言われたと。で、私に一任しようと姉妹で決めたというのだった。
私にしてみれば降って沸いた、迷惑で妙な話だった。落ち着いて考えられれば、「売りたいならど
ーぞどーぞ、お二人でお好きなように」ってことにしたらよかったのだ。なぜ背負い込んでしまっ
たのかと思うが、私はあの頃母の死からの流れで、私がきちんと後始末をしなければいけないのだ
と、ただただ独り気を張り詰めていた。
だいいち身内とはいえ土地の名義人でもない人が、土地を処分できるものなのかどうかという事
さえ私は知らなかった。自分が処分することになるなら、名義変更が必要なのだろうなぁくらい
のぼやっとした認識だった。あの頃もしも母の相続で頭がいっぱいでなかったら、もう少し落ち
着いて物事を考えられたかも知れないと思うのだが、こんなでんでんむしの歩みのような頭では、
後の祭りだ。
そもそも、夫のDVから逃れるために母が家を出て、数十年の間一度も連絡を取り合ってない両親
が、同じ年の約一ヵ月の間に相次いで亡くなるなんてことを、いったい誰が予想し得ようか。
さらに、母はともかく父の財産の処分を、よもや私がすることになるなど頭の片隅にもなかった。
それが、幸い第三者が絡んだ借金という形ではなかったものの、立派な「負の遺産」だったこと
が、のちに処分を進めるに従い色濃くなっていった。
ところで、亡き祖父とお妾さんとの間に子どもが存在し、家督の一部が祖父名義のままという状
況がどういうことか、多くの皆さんはお解りかと思う。
もしお妾さんの子が認知されており、本人がすでに鬼籍に入っていて子や孫の代になっていたら、
実家の処分に関しての手続きが、とんでもない手間がかかる可能性がでてきてしまったかもしれ
ないのだ。すぐ弁護士に連絡すると、嫡出子か否かは戸籍に記載されているとのことで、戸籍の
原本を見てもらったら認知はされていなかった。それが確認できた時は胸がえぐれたんじゃなか
いってほど、大きな大きな安堵に胸をなでおろしたものだった。
ところが、相続はいつまでにしなければならないという決まりはないと弁護士から聞いてはいた
が、母の方の手続きに手をつけられぬまま、時間ばかりが流れて数年経った頃、突然田舎の役場
から家屋の倒壊の危険があるので、早急に取り壊してほしいとの通知が来た。
いやいやほんとにもう…。どうして私はこんな歳になって、すでにこの世にいないジジイどもに
弄ばれるように、心を小舟に乗せられて大しけの海原にいきなり放り出されなければならないの
かと、本気で呪ったのだった。
あれこれに気を取られていたので確認しなかったが、家屋の件はもしかしたら私が田舎に居た昔
は畑だった、東隣の土地に家を建てたその住人からの通報があったのかもしれないと思った。
後に思いがけず土地に関係したあるエピソードがあり、電話でやり取りをすることになったその
”東隣の家の元住人の女性”と私との、うっそ~っとかうっわ~っというような、ちょっとした
因縁がある出来事があったのだが、戸籍には関係ないことなのと、広いネットの中とは言えどん
な偶然があるかわからないので、書かないでおく。
「それまで一度も考えたことが無かった」ために「私にとって驚天動地レベルになってしまった
出来事」がいくつかあった。亡母の後片付けをしていた頃、二度目の伊豆行きの前に気づいた両
親が離婚していなかったという事実。
その時点ではまだ父は生きていたため、離婚してないならもしや母の遺産のことで連絡ないし、
父に直接会わなければならない必要が出てきたということで、大きな精神的ダメージを受けて体
調を崩し、予定していた二度目の伊豆行きが無理になってしまった。
しかしこれは全くの私の無知で、「両親の別居や離婚の有無に関係なく、配偶者は常に法定相続
人」であると、のちに調べて解った。なのでこれは、もう死ぬまで父親に会うことはないだろう
と、それまでぬか喜びしていられた自身の無知を、喜ばないといけないほどだ。
数十年の間、母とは父のことはおろか、私の弟のことさえただの一度も話したことがなかった。
今でこそネットで何でも調べられるが、当時の私の知識などいい加減なものだった。7年間別居
していれば離婚ができるというようなことを聞いたことがあり、暴力夫だった父は未練たらしか
ったので、母が長期の別居によって正式な離婚をするのではないかと思った。
母の長姉は元民生委員だった人なので、そういったことには詳しいはず。長姉の知恵を借りて、
離婚にこぎつけられたかもしれなかったが、いかんせん母は度重なるDVの恐怖で委縮しているし、
私と同じであまり利発なタイプの人ではなかった。
母のタンスの中にしまってあった田舎の戸籍は、想像だが、母がもしかしたら自分の籍が抜かれて
はいまいかと思い、長姉に頼んで取り寄せたんじゃないかと思ったのだった。
そして、その父が母の死の約一か月後に亡くなった事実。父方の叔母から聞かされた、祖父のお
妾さんに子どもがいた事実。体調を崩し自由に動けないのに、田舎の役場から来た突然の家屋の
取り壊し要請。土地に残っているものが”家屋だけじゃなかった”事実等々…。
お妾さんの子どもの件での面倒事はなくて済んだものの、心は複雑だ。この放蕩ジジイに運命を
翻弄されたかもしれない人が、もう一人存在した事実に、なんて罪深いジジイなんだろうかと思
った。
それにしても、「そういう時代」だったにしても、誰もかれもが妾を囲っているわけではない。
祖父の最初の妻で、私の祖母の従姉のみねさんなんだが、いったいいつそのお妾さんの存在を知
らされたんだろう。
お妾さんとの子は男の子で、私の父親より年上だったらしかった。いくつ上だったかなぁと、た
った今非公開日記に書き記した、2015年当時のE叔母の話を探してみた。するとちょっと記憶違
いをしていて、私の父より年上と聞いたのではなく、伯母、つまり私の祖母の長女より年上だっ
た。しかも、2歳くらい年上だと。
ということは、祖父と祖母が入籍する前に生まれており、祖母の3人の子どもの腹違いの兄で、
私とも血の繋がりがある、腹違いの伯父ということになる。
ん?ちょっと待てよ。祖母が入籍したのは、長女が生まれる2カ月前だ。その長女より2歳ほど
年上?
エッ!もしかしてお妾さんの子が生まれた年って…みねさんが亡くなった年じゃないの?!
それ、私本当に今気がついた。祖母の入籍は、みねさんの死去から約2年後だ。
うっわ…妄想が…妄想が、潰しても潰しても指の間から膨らむ…。
★ The Carpenters - The Uninvited Guest ★
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