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2005.09.07
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カテゴリ:夢のような夢の話
その女性が居なくなったことは、新聞の片隅にも、ニュースの端にも、

そして、街の人達の意識にも現れることはありませんでした。

けれども、僕の記憶だとか、意識だとか、

人間がそう呼んでいるものの中にくっきりと鮮やかに染みついて、

洗っても洗っても落ちそうにありません。

海の近くにある街に僕はたどり着きました。

どうやって来たのかはよく憶えてません。

でも、ずっとずっと遠くだったことは確かで、だからどうやって来たのか

憶えてないのかも知れません。

街から少しだけ歩くと、海の遠くの、遠くまでがよく見える

高い高い岬がありました。

そこにはたくさんの草が揺れていて、海のない街で育った僕は

海の遠くの遠くまでが見えるその場所がいっぺんで好きになりました。

本当のことを言うと、僕が見たかったのは海だけじゃなくて、

初めてその場所を見つけたときからそこにいる、

白よりも、もっと白く見えるワンピースを着たひとに

会いに行くためだったのかも知れません。

白いひとは岬の端っこにいつも立っていて、

海の青が紅くなって、そして黒くなるまでそこにいました。

僕はそれを岬の端っこからちょっと離れてたところで、

空の青が紅くなって、そして黒くなるまで見ていました。

白いひとが帰るときに、いつも寂しそうな顔をするので

いつもいつも見ているのに、いつもいつも声を掛けることが出来ないままでいました。

風が少しだけ強い日だったと思います。

白いひとはいつもより遅くに岬に来たので、僕が先に岬から海を見ていました。

白いひとがいつも立ってる場所から、すこし後ろに下がって。

僕の後ろから、す、っと白いひとが来たので、

いつも海をみてますね、と話しかけました。

わたしは海を見ていません、と白いひとが答えました。

海を見ていないなら、何をなさっているのですか?

風を待っているんです

風?

ええ、風

風ならこんなに吹いている

はい、でもこの風じゃないんです

僕はそれ以上何も言えなくて、白いひとは岬の端っこに立って、

海の方を向きました。

海からは強い風が吹いていて、白いワンピースの端っこが

僕の手に触れそうになるくらい強く吹いていました。

その日は、海も空も真っ黒になったのに、白いひとはずっと岬の端っこに立っているから、

おうちのひとが心配しますよ、と僕は言って、

わたしはひとりだから大丈夫です、と白いひとはこちらを見て言いました。

海からの風で、長くて黒い髪の毛が顔にかかりそうになって、

その髪をあげた左手に指輪があるのを、僕は見ないふりをしました。

夏の終わりころに街に来て、そして、秋がもうすぐやってきます。

僕は岬に行っても、もう、海を見ていませんでした。

白いひとも、僕も岬にいても海を見ません。

白いひとは風を待って、僕は白いひとを待ちました。

言葉を交わすこともあれば、何も言わない日もありました。

僕がTシャツの上にシャツを着て、岬に向かったその日も、

白いひとは、白より白いワンピースをひらひらさせて、

岬の端っこに立っていました。

僕は、ずっと言いたくて、言えなかったことを、言うつもりでいました。

もう、風を待つのはやめませんか、と。

白いひとはこちらを見ずに首だけ振りました。

風は、来ない。来ないんですよ。

僕の声は海からの風で聞こえなかったのかも知れないし、

聞こえていたのかも知れません。

白いひとはゆっくりとこちらを見て、そのときに。

岸から海へ、強い風が吹きました。とても、強い風。

風が、きた。

白いワンピースがゆっくりと風に溶けていきました。

そう、僕には見えました。

風の中に白が、溶けて、その中で白いひとが静かに笑いました。

それはとても強い風だったのに、とてもゆっくりと、白いひとは風に溶けて。

岬の端っこには、もう、白より白いワンピースも、黒くて長い髪の毛もありませんでした。

海の遠くの遠く。そこより遠い場所にいる、大切なひとに、

きっと白いひとは会いたかったんだと思います。ずっと。

だから、きっと大切な人が遠くの遠くに行ってしまったときに、

そのときに吹いていた風を待って、その風が大切な人の元へ

自分を運んでくれると思っていたのかも知れません。

その女性が居なくなったことは、新聞の片隅にも、ニュースの端にも、

そして、街の人達の意識にも現れることはありませんでした。

けれども、僕の記憶だとか、意識だとか、

人間がそう呼んでいるものの中にくっきりと鮮やかに染みついて、

洗っても洗っても落ちそうにありません。

白より白いワンピース。

待っていた風が吹いたときに、あの端っこを少しでもひっぱっていたら。

街を離れる電車に乗って、少しだけそう思って、

でも、僕にはきっと、それが出来なかったと思います。



























僕は高所恐怖症です。





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Last updated  2005.09.07 12:43:18
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