カテゴリ:本当のような嘘の話
彼女は僕の話を聞こうとしない。
いつも答えは自分の中にあって、彼女の話を聞いて僕が言ったことに対し 自分なりの見解だけを述べるだけで、それは僕と会話をするのではなくて、 彼女自身の考えを整理するための道具として、僕と向き合っているだけの気がした。 とは言っても、それを指摘した所でまた聞きやしないから、 こうして別れたばかりの恋人について延々と喋り続ける彼女と カフェのソファに向かい合わせで座ってアイスティーをグルグルとかき混ぜてる。 「・・・で、どう、思う?」 時折、こうして僕に意見を求めてきて、その度に答える回答に対して、 彼女の意図と異なれば彼女の見解を示し、同じであっても再び延々と自分の見解を喋る。 3回目の灰皿の交換に店員がやってきて、グラス中の氷をストローでつつくのにも飽きた頃、 彼女は一通り話し終えてタバコに火を点ける。 「俺は、お前とは付き合えんなぁ」 僕は皮肉っぽく言う。 実際に、そうなのだけれど。 「そう?私は付き合えるけど?」 ふう、っと煙を横に向いて吐き出し、彼女が言う。 彼女は恋人が居るときはタバコを吸わない。 新しい恋人が出来ると自分のライターを僕に渡す。 そして、別れる度にライターを返してもらうために僕を呼び出すものだから 必然的に僕は彼女が恋人と別れたばかりに会う羽目になる。 紅いべっ甲柄に金色で縁取られたライターを僕は見る。 ライターは彼女に良く似合っている。昔、一度だけそう彼女に告げ、 そして僕がライターを預かることになった。 「こうして話す度に、思うよ」 カフェを出て、少し前を歩く彼女が言う。 「私が思ってること、ぜーんぶ話して、そしてきーっちり整理できる相手は、ひとりしかいないもん」 そりゃあね。 彼女の話を最後まで聞くのは相当な忍耐だよ。 僕は苦笑して、何も言わない。 夕立があがったばかりの道にはいくつか水溜りがあって、 そこにはすっかり晴れてしまった空が映り込んでる。 「うん、なんて言うのかな。空とこの水溜りみたいな関係?なのかな」 ちょっと立ち止まって、彼女がこちらを向く。 「私が、ばーって雨みたいに思いを降らせて出来た水溜りに、私自身が映って、 で、私の姿をちゃんと見ることが出来る」 「俺は水溜りかよ」 おいおいって顔で彼女を見る。自分は空で俺は水溜りって。 「ごめん、ごめん。じゃあ、海?」 「知らねぇよ」 どちらにしても。空と海なら交わることは無い。どこまでいっても平行線で、 そしてその距離は縮まることは、無い。 並んで歩く。その距離も同じように縮まることは無い。 「ね、海行かない?今から」 「はぁ?今から?」 「いま2時だし、今から行けば夕方には着くでしょ」 そういうことじゃない。そう思ってもどうせ僕の言うことに耳を貸さない訳だし、 海って聞いて何年も行ってないことを思うと、まんざらでも無い提案のような気もしてくる。 海に向かう電車に、それから30分もしないうちに乗っていると なんだかそんな気もしてきて、でも、それはそうでも思わないと 彼女に振り回されている自分がなんだか弱い男に思えてしまうからだったかも知れない。 そうして僕らが見た海は、夕陽が半分くらい沈んでて、 それを、じっと何も言わずに見ていた。 何故だか知らないけれど、オレンジ色の景色を見ていると すごく切ないような、胸を、ぐ、っと掴まれるような感覚がして 何も言えなかった。 「夕陽の海って、なんだか、こう、寂しいって言うか胸にくるな」 しばらくして、僕が言う。 「私はそう感じないよ?すっごく気持ち良いよ」 やっぱり。 僕の言うことは聞き入れないんだな。 そうして、彼女を見る。 ずっと、夕陽を見ていた。 その目から。 涙が伝っていた。 彼女は僕の話を聞こうとしない。 いつも答えは自分の中にあって。 いつも強く自分のことを喋って。 ただ、それは強くあろうとして、必死に自分を強く持とうとして、 精一杯だったのかも知れない。そのときにふ、と思う。 口で言うよりも彼女は、目の前に居る海を見つめ彼女は弱く見えて。 ほんの少しだけ胸が熱くなったことを感じた。 夕陽はほとんど水平線に消えようとしている。 その場所では決して交わるはずの無い空と海が交わっていた。 終電が間に合わなかったら、ラブホとかに泊まるのかな。 ほんの少しだけ股間が熱くなったことを感じた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.09.20 00:21:16
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