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2005.09.28
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カテゴリ:高井くん
東京という街には、何もかもがあり過ぎて、何も無い。





私が上京すると決めたとき、ケイはこの街に来て3ヶ月が経っていた。

ケイを追って、ケイと一緒の街にいることだけを願って、私は何も持たずに家を出た。

お金だって、仕事だって、東京に出た後の宛てだって、何も無かった。

ただ、東京という街に行けば、ケイが居て、そして何かがあると思っていた。

久し振りの再会、といってもそれは私が描いていたようなドラマみたいな再会じゃなくて、

少し痩せた顔で、「やぁ」とだけ言い、

そのまま私に背を向けて歩き出すケイの後ろを追っかけるだけだった。

ねぇ、ケイの住んでるところはどんなところ?

私の問いかけに「何も無いところだよ」とだけ答えて、

私の持っていた小さなヴィトンの手提げを持つ。

ねっとりとした空気が肌に触れる季節で、それは心を躍らせて東京に出てきた私が、

すこうしだけ、眉をひそめる季節で。

そしてケイの住んでいたところに辿り着くころには、すっかりと私の心には、

今からのことを考えることを拒否する感情が生まれていた。

思っていた以上に、この街は。

思っていた以上に、ケイは。

その夜に、作業のようなセックスをしながら、目の前のにいるケイじゃなくて、

ぽっかりと空いた黒い空間を見つめていた。





ひと月もした頃には、私はひとりで、安く住めるアパートを探し、

バイト情報誌を右手に持って、家具が一つもないその部屋の天井を見ていた。

私が描いてたモノは何だったんだろう。

東京に行って、ケイが居て。

それだけがまるで夢のように思えていたのに。

頭痛が、止まらない。錠剤を2つ口にふくみ、水で流し込む。

東京という街には、何もかもがあり過ぎて、何も無い。

住んでいた街を離れて、最初の電話でケイが口にした言葉。

何でもあるじゃない。

私が電話越しに言う。

いま。私には何も無かった。





バイトの面接で現れた店長は、どうにも我慢が出来ないほど、生理的に受け付けない。

ニヤニヤとした顔で嘗め舐め回すように私を見る目つき。

持って回った喋り方。下卑た冗談。

けれど、仕事を選ぶ余裕なんて、今の私には無い。

「こないだ採用した男の子がねぇ、ちょーっとヘンな子で。

 君みたいな、ちゃぁんとした子なら僕も安心できるよ」

ニヤニヤしたままの顔で店長が喋る。

これからのことを考えると、吐きそうになる感覚が押し寄せてくる。

お店を出て、下を向いて歩ていく。

たぶん、私の周りにはたくさんのものと人が溢れていて、

溺れそうになるくらいの風景がそこにあるのだろうけれど。

やっぱり、私にはこの街に何も無い気がしていた。





ねぇ、私はここに来て、何が欲しかったの?

何が手に入ると思ってたの?

何も無い。誰も居ないよ。





悲劇のヒロインになるには、十分なものが、揃っている気がする。

舞台はこの、何も無い街で。





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Last updated  2005.10.10 01:34:55
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