アン・ブレア(住本規子ほか訳)『情報爆発―初期近代ヨーロッパの情報管理術―』
~中央公論新社、2018年~
(Ann M. Blair, Too Much to Know. Managing Scholarly Information before the Modern Age, New Haven & London, Yale University Press, 2010)
本書は、初期近代におけるレファレンス書(辞書など、「通読することよりも参照することを目的として作られた、大部の文書情報集成物」(394頁序論注1)に着目し、あふれる情報への対応方法、情報管理、ノート作成、レファレンス書作成の動機や、レファレンス書が社会に与えた影響について論じる一冊です。
訳者解題によれば、著者のアン・ブレアはハーヴァード大学で、ユニヴァーシティー・プロフェッサー(複数の学術領域を横断する画期的な研究の創始者と認められる名誉ある地位で、ハーヴァード大学のどの学部でも自由に研究できる特権をともなう。訳者解題執筆時点で26名とのこと)に任じられているそうです。
本書の構成は次のとおりです。
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凡例
編集方法
序論
第1章 比較の観点から見た情報管理
第2章 情報管理としてのノート作成
第3章 レファレンス書のジャンルと検索装置
第4章 編纂者たち、その動機と方法
第5章 初期印刷レファレンス書の衝撃
エピローグ
謝辞
訳者解題
原注
引用文献
索引
―――
序論は、本書の問題関心と本書の構成を提示します。ここでは、文書管理の4つのS(蓄えることstoring、分類することsorting、選択することselecting、要約することsummarizing)の提示が興味深いです。
第1章では、古代、中世、さらには西欧以外との比較の観点から、ビザンティウム、イスラーム、中国での文書管理の在り方が概観されます。私の問題関心からは、中世のレファレンス書に関する記述が重要なのですが、その他興味深かったのは、、初期刊本(インキュナブラ)の時代(1500年以前)には、「初期印刷本の所有者たちは、専門のルブリケーターに金を払って蔵書に色を入れてもらうこともできた」(65頁)という、ルブリケーターという職業への言及です。しかし彼らは、依頼に応じて手稿本にルブリケーションを施すこともしており、間もなくこの職業は消えたとか。写本では色彩などで見え方の工夫ができましたが、印刷術により、空白のスペースや様々な書体といった、ページを読みやすくするための様々な工夫が生まれていったという指摘も面白いです。
第2章は、ノート作成の歴史を概観した後、記憶の補助・書くことの補助としてのノート作成、またノート管理など、ノート作成にまつわる諸側面について論じます。面白かった点をいくつかメモ。中世のノートでわかりやすいものと取り上げられる写本欄外の書き込みへの言及の際、「職業的な読み手」による書き込みが指摘されていること(87頁)。あまりにも著名な神学者、トマス・アクィナスの筆跡が「あまりに読みにくかった」こと(105頁)。なお、そのため自筆原稿からの清書が間違いだらけだったので、それ以後はじかに口述筆記での執筆になったとのことです。
第3章は、初期近代の様々なレファレンス書(辞典、詞華集、読書録など)、検索装置(典拠一覧、見出し一覧、アルファベット順索引など)、書物についての書物(蔵書目録、文献目録、販売目録など)、そして百科事典についての紹介で、特に興味深く読みました。
第4章以降は、初期近代の特徴的なレファレンス書である『ポリテンテア』と『人生の劇場』という著作に着目し、第4章はその編纂者たちの動機や編纂方法を、第5章はこれらが同時代の(そして後世の)社会に与えた影響を論じます。
二段組で本論300頁以上、さらに膨大な参考文献目録と注が付され、索引も含めると全体で446頁と重厚な一冊。今回は流し読みした部分もありますが、いくつかの研究で言及されるのを見て気になっていたので、この度目を通せてよかったです。
(2022.08.11読了)
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