杉崎泰一郎『世界を揺るがした聖遺物―ロンギヌスの槍、聖杯、聖十字架…の神秘と真相―』
~河出書房新社、2022年~
著者の杉崎先生は中央大学教授。本ブログでは、次の著作を紹介しています。
・『12世紀の修道院と社会』原書房、1999年
・『欧州百鬼夜行抄 「幻想」と「理性」のはざまの中世ヨーロッパ』原書房、2002年
・『修道院の歴史―聖アントニオスからイエズス会まで―』創元社、2015年
・『沈黙すればするほど人は豊かになる―ラ・グランド・シャルトルーズ修道院の奇跡―』幻冬舎新書、2016年
本書は、聖遺物(キリストや天使、聖人がこの世に残した痕跡。骨、血、足跡、触れたものなどなど)とその歴史について、平易な語り口で紹介してくれる一冊です。
本書の構成は次のとおりです。
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ミステリアスな「聖遺物」から歴史と人間の真実が見えてくる―まえがき
1章 ミステリアスな物語とともに語り継がれる―聖遺物とは何か
2章 ロンギヌスの槍・聖杯・聖十字架―三大聖遺物の伝説
3章 権力も教会も入手しようと競った―キリストの様々な聖遺物
4章 キリスト教の発展とともに浸透した―聖遺物礼拝の歴史
5章 高名な聖遺物を求め、人々は旅に出た―巡礼ブームと教会
6章 聖母マリアからマグダラのマリア、ザビエルまで―聖人・聖女の聖遺物
7章 民衆・教会・権力者、それぞれの思惑とは―聖遺物信仰の意味
終章 「中世史」のイメージがくつがえる―聖遺物探求の魅力とは
参考文献
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「はじめに」冒頭で、ロンギヌスの槍(磔刑になったキリストを刺したと言われる槍)や聖杯がアニメやゲームで紹介されていることに触れていますが、その後も本書ではアニメなど、いわゆるサブカルチャーを取り上げ、その重要性を説いているのが印象的でした。終章でも「サブカルから歴史の深層に触れる」という節がありますが、ここでも、そもそも中世においても、幽霊譚などサブカル的な要素をうまく使いながら聖職者たちが社会にメッセージを発していたことを指摘し、その重要性を指摘しています。
1章は聖遺物とは何か(ランクなど)、2章は三大聖遺物を概観し、3章はキリストにまつわる聖遺物(茨の冠、聖十字架、足跡、さらには「吐息」も!)を紹介したのち、4章は、ルーツから十字軍での聖遺物の広まり、その後の宗教改革やフランス革命など、聖遺物の歴史の流れを簡潔にたどります。
5章は巡礼、6章はその他さまざまな聖遺物の紹介と、テーマ別に聖遺物について概観したのち、7章は聖遺物信仰の意味を考察します。
本書でもっとも興味深かったのは終章で、いわゆる教科書的な「暗い」イメージの中世ヨーロッパ史を、聖遺物という観点を通じて見直すことで、事件史のように(それはそれで重要ですが)表層的に流れる歴史ではなく、人々の生活や思いをたどることができる、という点を強調します。また、7章での叙述になりますが、聖人伝などに描かれるエピソードの真偽はさほど重要ではなく、創作は創作として、そこから「各時代の人たちが何を求め、聖人のどのような姿を喜んで受け入れたか」(161頁)を読み解くことが歴史研究において重要だという指摘は、あらためて肝に銘じて勉強していきたいと思った次第です。
各章の紹介はほぼ章題をなぞっただけになってしまいましたが、冒頭にも書いたようにとても平易な語り口で読みやすく、面白い1冊でした。
(2023.09.27読了)
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