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2023.11.19
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大沼由布・徳永聡子(編)『旅するナラティヴ―西洋中世をめぐる移動の諸相―』
~知泉書館、2022年~


 本書は、慶應義塾大学の松田隆美先生の退任記念論集として企画された論文集です。
 ときにみられる、単に各執筆者の専門分野についての諸論考を収めるのではなく、広い意味での文学の旅・移動・流動性という共通の問題意識をもった論文集となっています。
 執筆者の多くは中世英文学・ロマンスをご専門にされていますが、歴史学(赤江先生)、美術史(池田先生)のご専門もいらっしゃり、バラエティにも富んでいます。
 本書の構成は次のとおりです。

―――
はじめに(大沼由布)
 第I部 聖なるものと旅のナラティヴ
1 大沼由布「体と心と言葉の旅―英仏版『マンデヴィルの旅行記』とイングランド像―」
2 石黒太郎「境界を越えて旅した聖グースラークと『聖グースラーク伝』」
3 菅野磨美「中英語聖人伝における移葬のナラティヴ」
4 杉山ゆき「内なる目で辿る聖地―リンカン・ソーントン写本における受難瞑想とエルサレムへの仮想巡礼―」
5 髙橋三和子「初期近代イングランドの旅行記における描写の視点―エルサレムの記述を中心に―」
 第II部 越境とアイデンティティ
6 趙泰昊「彼我の境の想像と境界―中英語ロマンスにおける地理的移動とアイデンティティの形成―」
7 小川真理「曖昧な国境―旅と自己同一性の揺らぎ―」
8 小林宜子「ジョン・ガワーのバラード連作―詩的対話へのいざない―」
 第III部 異端と正統の境界
9 赤江雄一「放浪する説教者ジョン・ボール―ロラード派直前の異端―」
10
 井口篤「ここが無限だ、ここで跳べ―レジナルド・ピーコックと神の存在証明―」
11
 西川雄太「改変されたカテキズム―ホプトン・ホール写本の『一般信徒のための教理問答』―」
 第IV部 マテリアリティからみる移動
12
 新居達也「越境するメメント・モリ―中世末期のロンドン周辺における往生術写本の移動と受容―」
13
 工藤義信「教訓的テクストの移動とミセラニー写本の文化的解釈の可能性―15世紀ノリッジの商人が所有していた2写本の新たな考察―」
14
 池田真弓「世界に散らばる装飾写本―マンスフェルト祈禱書を辿って―」
15
 徳永聡子「海を渡った聖ロクス―初期刊本にみる疫病の聖人崇敬―」

おわりに(徳永聡子)
松田隆美先生ご著作・論文一覧(菅野磨美)
索引
執筆者紹介
―――

 第1論文は、イングランド人騎士マンデヴィルが東洋への旅を記録したという体裁の『マンデヴィルの旅行記』を題材に、イングランドのイメージや、その最古の作品が古フランス語であることから、イングランドにおける言語状況なども含めた分析を行います。
 第2論文は、イングランドの聖人グースラークとその聖人伝を取り上げ、グースラーク自身の遍歴と、聖人伝における言語状況についての紹介を行います。とりわけ、聖人伝の作者フェーリクスが、珍しい語や造語を作中で用いているという指摘が興味深かったです。
 第3論文は、ウェールズからイングランドに移葬された聖ウィニフレッドを例に、ジェンダーの観点も踏まえて移葬の諸相を論じます。冒頭に紹介される、エリス・ピーターズ『聖女の遺骨求む』というウィニフレッド移葬を題材にしたミステリ作品を寡聞にして知らなかったので、またいつか読んでみたいです。
 第4論文は、ロバート・ソーントンという15世紀に生きたジェントルマンの読書実践に注目し、彼のメモ書きなどから、その霊的な読みの在り方を分析します。ここでは、女子修道院や女性信徒の信仰実践との関係の指摘が興味深いです。
 第5論文は、俯瞰的にエルサレムを描く旅行記と、巡礼者の目線でエルサレムを描く旅行記という17世紀の2つの作品を取り上げ、具体的なその描かれた方の紹介などを通じて、当時、エルサレムも具体的な旅先の一つとして意識されていたことを指摘します。
 第6論文は中英語ロマンスを史料として、他者を通じた自己の再定義の機能や、教化作用を指摘します。
 第7論文は同じく中英語ロマンス、特に『ハンプトンのベヴィス』という作品を題材に、作中ベヴィスが故郷イングランドからアルメニアにわたり、以後イングランドに定住できないこと、またそのアイデンティティの在り方を論じます。
 第8論文は14-15世紀のバラードに関する論考。ここでは、詩会という場で頻繁に使用された追加の連が、14世紀末頃からバラードの一部として広まったということが指摘されていて、詩会というものが気になりました。
 第9論文は、「アダムが耕し、イヴが紡いでいたとき、だれがジェントリだったのか」という言葉で有名なジョン・ボールに着目し、彼が断罪されるにあたり、「異端」との評価がどの程度なされていたのか、を丹念な一次史料の分析から論じる興味深い論考です。余談ですが、赤江先生でジョン・ボールといえば、201611月に東北大学で開催された第8回西洋中世学会での自由論題報告「問題ある説教者ジョン・ボールの肖像」も極めて刺激的で興味深いご発表だったのが印象的です。
 第10論文は15世紀のイングランドの神学者レジナルド・ピーコックの俗語作品『キリスト教の原理』を史料に、「人が神に近づく旅」というテーマについて論じます。
 第11論文は『一般信徒のための教理問答』という作品の複数の写本の比較検討から、一般信徒の信心の在り方に迫る論考。
 第12論文は往生術作品を含む写本の移動(俗人から女子修道院へ、女子修道院から俗人へ)に着目し、作品の「旅」にまつわる人間関係や、読書行為の在り方を論じます。ここでは、臨終の床にある病人のもとへ司祭が訪れる行列で鳴らされるベルや、葬送にあたりベルを持った触れ役が該当を練り歩くなど、人の死の周辺でベルが果たす役割についての言及が興味深かったです。
 第13論文は、写本に描かれた商業者マークやその写本に含まれる内容から、所有者(商人層)の上昇志向や読書文化の在り方を分析します。
 第14論文は美術史の観点から、各地に散在してしまうことになった祈禱書の由来をたどります。
 第15論文は疫病の守護聖人とされた聖ロクスについて描く『聖ロクス伝』を史料とし、そのイングランドへの伝播の在り方を中心に分析します。

 主に広い意味での文学作品を史料とした諸論考ですので、写本の具体的な伝来や、読書実践のあり方に関する指摘も多く、興味深い論集です。

(2023.07.07読了)

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Last updated  2023.11.19 16:12:15
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