浜本隆志『「笛吹き男」の正体―東方植民のデモーニッシュな系譜―』
~筑摩選書、2022年~
浜本先生は関西大学名誉教授で、ドイツ文化論・ヨーロッパ文化論を専攻されています。
このブログでも、次の著作・編著を紹介したことがあります。
・浜本隆志『紋章が語るヨーロッパ史』白水uブックス、2003年
・浜本隆志『指輪の文化史』白水uブックス、2004年
・浜本隆志/伊藤誠宏編著『色彩の魔力-文化史・美学・心理学的アプローチ』明石書店、2005年
阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男』ちくま文庫、1988年では、伝説の真相の解明は行っていないのに対して、本書では、真相の解明を試みるとともに、ナチスにまで通じる「デモーニッシュな系譜」を描くことを目的としています。
本書の構成は次のとおりです。
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はじめに
序 章 「笛吹き男」ミステリーの変貌
第1章 「笛吹き男」伝説の虚像と実像
第2章 事件に関する諸説
第3章 ハーメルンで起きた事件の検証
第4章 ロカトールの正体と東方植民者の日常
第5章 ドイツ東方植民の系譜
第6章 ドイツ帝国(1871-1918)の植民地政策
第7章 ナチスと東方植民運動
第8章 「笛吹き男」とヒトラー
あとがき
主要参考文献
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本書のポイントは次のとおりです。(詳細はぜひ本書をお読みください)
・1284年6月26日(ヨハネとパウロの日。殉教者を追悼する日)に事件が起こったという定説を退け、グリムも言及している6月22日(どんちゃん騒ぎの日)に事件が起こったとします。
・同日、東方植民のロカトール(植民請負人)が東方植民へのリクルートを実施。祭の喧騒もあり、子供たちもついて行ってしまった。
以上の点を、史料やハーメルンの立地、地図などをふんだんに駆使し、説得的に論じています。
そして、東方植民を担ったドイツ騎士修道会の活動や「北の十字軍」に関する議論ののち、論述は19世紀以降のドイツ帝国やナチスの東方植民に移ります。ヒトラーが〚わが闘争」の中で、ドイツ騎士修道会に言及しているという指摘は興味深かったです。
本書は、『史学雑誌』133-5(2023年5月)の「回顧と展望」で知りました。本書を取り上げた三浦麻美先生は、事件が起こった日付に関する「史料の改竄」説を「緻密な仮説」と評する一方、「歴史学としての論証は難しい」ともしており、この主題が現在も続く課題であるとしています。
本書は、ナチスにまで及ぶ「系譜」を描き、前半の史料に基づく緻密な仮説から、やや概説的な議論にシフトしてしまっている印象で、もちろんそれはそれで興味深く読みましたが、今後、本書を契機として、「ハーメルンの笛吹き男」についてのさらなる研究を引き起こしうる成果と感じました。
(2023.10.25読了)
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