活動を続けてきた理由
書類の整理をしていて、私が活動しているNPOでかつて、代表者がアンケートを出したことがありました。入会しても数年で辞めてしまう会員がいて、その理由については有償ボランティアではあるけれど、給与ほどにはならないので、職について活動を辞める人が多い印象を持っていました。そのことに関して、自分が回答した文書が出てきて、ああ、あのときはあんなふうに思っていたのかというか自分の原点?忘れそうになっていたいろいろを少し思い出してたぶんあの回答はFAXしたから今手元にあるけれど、代表者が目にしてだからどうだったか?ということもなかったと思うのですが、どこかに記録しておきたくなったので、記しておこうと思いました。***質問の内容は「NPO活動(託児・子育て支援)を続けている理由をお聞かせください」回答1.続けられる環境があったこと(家族の理解、ともに活動に関わる会員の方との交流)2.自分の中の思い=活動を続ける意義を感じている。豊橋市が公費で託児付講座という形で子育て中の人の社会参画を可能にしていることに、非常に意義を感じています。「みんなで子育て」というけれど、具体的には何を指しているのか?とおもう中、託児はそれに当てはまる活動だと思います。市の事業としてこれだけの規模のものを継続していくことが、「子育てしやすいまち」をつくり、ひいては良い社会につながっていくものとおもいます。そしてそれは、行政の力だけでなしうるものでもないのではないか。ねこのてが活動し続けることでその一端を担わせてもらっているとすれば、私たちの活動も継続していく必要があると思うことから、自分の活動につながっています。(市の企画する講座などには定員もあり、受講できる人には限りがある。受講者という関わり方だけではなく、子連れの人がお預かりのサポートをすることで、子育て中の人がより多く、こういった事業を通じて、交流したりともに子育てする場を持てる意義もある)あとは、子育て中に感じる閉塞感・不安感を今も忘れることができないので、少しでも大変だと思う人の気持ちをシェアさせてもらうことが、自分の力になるときもあります。「子育てを独りで抱え込まなくてもよいよ」というメッセージが、ねこのての活動の中にあることが、活動に関わる動機の中でも大きいです。★家庭で子育てする人に対しての数少ない支援の一つだから就園前の子を育てている人の中で職についている人には「保育園」という形で、子育てを支援する(公の)しくみがあります。が、そうでない人は、親自身(またはそれに代わる人)が家庭で子育てをすることが前提です。家庭で毎日子どもと向き合って子育てしている人が、「他人の手を借りる必要はまずない」のかというとそうではないと思います。身近に、気軽に手を借りられる人が居る場合は、困った状況になりづらいかもしれませんが、そういう人ばかりとは限らず、いろいろな理由で自分で子育てを抱え込む場合もあるので、そういうときは、逆に親子での毎日に煮詰まってしまいやすい環境にあるのではないかとおもいます。保育園が「職を持つ親の子を預かる」施設である以上、家庭で子育てしている人にも「人の手を借りられる」という環境が必要だと痛感しています。(職を持っている人の方が出生率が高いというデータがあるくらいです)ねこのての託児は、まさに家庭で子育てする人を支援することができる、数少ない場であると思います。いくら、場があっても「あの人は、仕事もしていないのに他人に子どもを預けている」(そうするべきではない)という「世の中の批判の風」が強いと、なかなか一歩踏み出せないこともあると思います。★市が託児を設けている」ということが意味のあることだと思う理由は1.「人の力を借りていいのだろうか?」と迷ったり、「誰かに批判されないだろうか?」と思ったりする人の、背中を押すきっかけになることもあると思われる。(広報とよはしに掲載されるなど)2.「〇〇ちゃんのママ」としてだけではない、一人の人としての時間を持つことを、「行政として」応援している。(たとえば幼児ふれあい教室などでは、「学ぶ内容が子育てに関することだから」という理由で一般的に肯定されやすいが、女性会館などの講座に対しては「親のために、子を他人に預け時間を使っている」と見られがちだが、あえてそこをOKとする姿勢を市が持っているということが重要。それは託児をする側も認識している必要があると感じています)以上の理由から、託児事業が継続していくことの重要性を強く感じます。(会の力が継続のために不可欠)★就労しない人にとって、自分を少しでも活かせる場所であること子育てが一段落して、収入のある仕事に就きたいと思う人がいるのは、自然なこととおもいます。職場とはそういった、収入を得る場であると同時に、自分を一人の人として評価される場でもあります。(給与・社会奉仕など)社会の中で自分が評価されると言うことは、生きていく上で必要不可欠なものです。が、家庭生活においてはなかなか、評価されていると感じられる機会が少なく、(大変な思いをしている割には)努力の結果が見えにくい毎日を送っている人が多いのではないでしょうか。就労していなくても「他人に認められたい」「人の役に立ちたい」「評価されたい」という欲求を持つのは、極めて自然なことだと思います。子育て中でも、母親が「〇〇ちゃんのママ」だけではなく、一人の人として居られる場がほしい、という人は多いと思います。ねこのての活動は、そういう場の一つになりうると思います。(活動する本人=活動を通じて、託児で預ける人=預けることによって)この欲求は、満たされない場合「子どものせいで」と怒りの矛先が子どもに向かってしまう場合も多いと思いますので、母親がどんな気持ちで時間を日々過ごすかはとても重要と思います。子どもだって「あなたのせいで自分は我慢していた」と言われても…。★子どもたちとの関わりや自分の子育てを考える場として関わりたい私個人のことですが、小さな子どもに関わることが得意でもないけれど、他所の子の命を預かる活動に関わって良いのだろうか?と未だに葛藤する日々でもあります。(ねこのてに入会する人の中には、もしかしたらこんな私に近い感覚を持っている人もいる(いた)かもしれないですが。そういう人であっても関われる会であってほしい。「子どものいる生活・子どもとともに過ごす時間」について、他の会員さんから学びたい(学べる場)でもあることが、関わり続けたいと思う理由の一つです。何かが絶対的な正解ではなく、日々試行錯誤しながら、いろいろな子育てがあるということ、「誰しも完ぺきな親はいない」ということをお互いに感じながら、自分らしい子育てを見つけて行くあとして関わっていけたらよいなと思っています。