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テーマ:福祉医療関係(1061)
カテゴリ:ソーシャルなワーク
みなさん、こんばんは、ジョージ・クルーニーです。
2008年もあとわずか、今年のオレっていったいなんだったのだろうな。半分近く精神病院に入院して、結局、うつ病は治らずに、いまも最悪の状態。仕事の社会復帰も失敗。1ヶ月ももたずに辞職。 クラス会にはなんとか出席できました。そこで友人のI君とちょっと話をしたのだが、私の辞職って回避できたんじゃないかという件がある。世の中、奇麗事ばかりいってられない。少々、グレイなことに手を出すのは、生活をまっとうするためにはしかたないんじゃないかってこと。I君はいった。「それをして誰かが損をするのか」と。誰の腹も痛まないのならいいじゃないかって件だ。これはA社の考え方でもある。じっさい直接に被害をこうむる人はいないだろう。だが、ケアマネジャーは介護保険制度を適切に遂行する義務がある。給付を抑制させる働きをケママネが持っているのだ。だって、歩ける人に車椅子のレンタルはできないよ、いくら本人が乗りたいといっても。それをやっちゃあいけないの。これまでできていたことができなくなるケアプランを立てるのは犯罪的な行為だ。 あと、つくづく思ったのは、悪徳な人たちって、けっして自分を悪徳だと思っていないし、自分の行為を合法だと思っている。住宅改修の悪徳業者も実際に会うとアタリがやわらかくていい人そうに見えるのだ。私なんか丸め込まれそうになって、苦情を申したてたケアマネに怒られそうになりました。違法でないからなんでもやっていいってことじゃないんだな。 でも生活を守るためにみんな必死なんだ。おぎーのにはその必死さがない。 I君がそう考えたとしても仕方ない。私はこれでも必死なんだが、行動として必死さに欠けるように見えても仕様がない。うつ病で心身ともにチカラがないと悪事を働くこともできないのだな。いや。I君は私に悪事をしろといっていたわけではない。誰だって働く上でグレイなことに手を突っ込みなんとか社会生活を行っている。I 君の気持ちはわかる。わかるが私にはできなかった。ケアマネジメントの理念から逸脱することはできなかった。もう終わったことでどうすることもできない。次のことを考えたほうが得策だ。己の倫理観を逸脱しない会社に入るしかないのだな。 でも倫理観ってなんだろな。正義ってなんだろう。人によりその線引きはまちまちではないか。 だから法律があり、法を運営する司法の世界がある。公序良俗という考えもある。公共の福祉っていう考えがあって、たとえば人を殺してはいけないのは公共の福祉に反するからだ。正義感が強すぎるらしいオレサマだが、一般の人よりも、線引きが甘いこともある。不法滞在の外国人については目が甘いな。もしも私が法務局に勤めていたら、強制送還させるべきホステスを何人も見てきた。オーバーステイはいけないことだ。それはわかっている。だが、通報しようとは思わない。つかまってしまった人は強制送還されてもしかたないが、ローラー作戦をしてあぶりだせとは思わない自分がいる。だから己の正義感というものも曖昧なものなんだな。 会社を1ヶ月で辞めてしまったのは、早い話がうつ病が治っていなかったということなんだと思う。うつ病でなければ、生活のためにスルーできたかもしれない。この潔癖な気持ちもうつ病患者特有のメンタリティなんでしょうね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年12月23日 07時57分10秒
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