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たんぷく

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2007年08月29日
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カテゴリ:つぶやき
前回の続きみたいなものです。

なんだかこの絡みでいろいろ頭を駆けめぐっているので、頭を整理する上でしばらくこのネタになってしまうかも。


「輪廻転生がある」というか「人間は輪廻転生するものだ」と考えると、「前世」というものが必ず出てきます。

順番からすると、

 「前世」を語る人がいるから「輪廻転生」というものがあるはずだ

となってるのかしら?

そうなると、「前世」と思ってるものが実は「前世」ではないとすると、「輪廻転生」もないかもしれない?


私は別に、「前世」や「輪廻転生」を言う人が間違ってるとか、そういうことが言いたいのではなくて、自分なりに筋道を立てて考えてみようとしているだけなので、その点、不快に感じられたら続きは無理して読まないでくださいな。





で、「前世」ですが、

「前世」があるとする人の根拠としては「前世を語る人がいる」ということだとします。

これを前提に考えているので、それ以外の根拠があるなら話がそもそも違ってきますけど。

「前世を語る人が嘘つきだ」なんてもちろん言いませんよ。

ただ、「その記憶は本当に前世か」という素朴な疑問です。

記憶ってなんでしょうね?

「記憶は脳だけにある」という今の医学という仮説学の仮説に従うか、もしくは、「記憶は魂にある」というどちらかというと超心理学(?)的なものに従うと、「その記憶は前世としか思えない」となるのかな?


ここで、私の仮説。

「全ての細胞には平等に記憶がある」

これが私の仮説です。

これには全く根拠がないとも思えません。

例えば、臓器移植を受けたひとが、突然習ったこともない外国語を話し始めたり、全然行ったことがない場所や経験の記憶を語り始めたり、性格が突然変わったりする事例があるそうです。

調べてみると、臓器を提供してくれたひとの記憶だったというおち(?)です。


すると、少なくともその臓器は記憶を司る機能を有していると考えることも全くの無理筋とは言えないと思えます。

その臓器は細胞で構成されていますが、この細胞は常に生まれ変わっています。


さてさて、ちょっと頭の整理が追いつかないぞ。(笑)

考えていることがあっちこっちに繋がって広がっていってしまいます。


えぇと、、、

細胞の話しだけに絞ってみますか。


ここでまた仮説なのですが、

臓器が臓器でいられるのは、

「細胞がその役割を意思として持って働いているからだ」

という仮説です。

つまり、細胞は「その細胞を持っている人間の意思」ではなく、「細胞自身の意思」で行動している結果、臓器が臓器として働くことができるということで、さらにその集合体が人間であるという仮説です。

そして、細胞はどういうわけか生まれ変わっても意思を継承していて、そのために人間が人間の形をしているという考え方です。

細胞は細胞の意思と記憶を持ち、細胞のある程度まとまった集合体の臓器はその臓器としての意思と記憶を持ち、さらにその集合体である人間はその集合体としての意思と記憶を主に持つ。

こういう風に考えてみました。



そうすると、前世と考えられている記憶とは?

脈々と受け継がれている「細胞の記憶」ではないのかな?

というのは私の仮説です。

人間は赤ちゃんとして生まれてきますが、細胞の元は父母からですね。

母と父の記憶を細胞が結びつけて、それが赤ちゃん(人間)の形になるまで増殖していくわけです。

細胞は細胞の意思で人間の形になるように増殖しつつ、細胞は細胞の記憶を伝えていく。

そう考えていくと、キリスト教の考え方ならみんなアダムとイブからの記憶を持っていて不思議でもなんでもないということです。

アダムとイブが最初かどうかは全く別の話ですけど、そうやってさかのぼった記憶を細胞が持っていると考えれば、「前世の記憶」と考えられているものの正体が実は「細胞の記憶」であるという仮説はあながち捨てたものではないのではなかろうかと。



で、こうやって考えていく流れのなかで、「命とは?」とか「魂とは?」「宇宙とは?」とか「気」とは「絶対と相対」とかいろいろな方向へと考えは広がっていくのでありました。

収拾が全然つかないところへ浮遊中。(笑)









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最終更新日  2007年08月29日 12時02分20秒
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