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テーマ:生き方上手(689)
カテゴリ:子育てあれこれ
昨日の日記に、感情を思い切り表現するのは気持ちいいよ、という話を書きました。自分でその気持ちよさを体感すると、子供のギャースカも微笑をもって受け止められるようになるわけですが、それはあくまでも結果の話で、子供を受け止めることが目的ではありません。
極論すると、子供のことなんか受け止めなくてもいいというか、自分の内側にたまってる感情と同種の感情を(子供に限らず)相手が表現した場合、それを心の底から気持ちよく受け止めることはまず不可能です。自分が空っぽになってないと、同じ感情が共鳴して心がざわめくからです。 だから、自分のたまってる感情を吐き出すのが先決です。そして親がそれをするためのサポートとして、子供はギャースカわめきたてるんだと思います。親が、自分の内側にどんな感情がたまってるのかが、子供の様子を見ている自分の心の動きでわかるんですから、これはありがたいです。 考えてみてください。 子供の様子になにかプチッと切れることは、普通の親ならよくあることだと思いますが(もちろん我が家も例外ではありません!)、そのときに、子供を受け止めなくちゃ!という理屈が先にたってしまうと、そのプチッときた自分はどうなるんでしょう? 地下のくらーい穴倉に閉じ込められて、折に触れては「外に出せ~」と雄たけびを上げる様子が、なんか目に浮かびますよね(^^; そして地上にいる自分は、地下から微かにもれてくる叫び声が気になって、結局イライラして怒鳴ったり、耳をふさぐためになにか刺激を求めたり。 この状況を変える一番の方策は、やはりその穴倉に閉じ込められた自分を、地上のお日様の下に引っ張り出してやることでしょう。お日様の下で解放感に浸りながら「「腹が立ったぞ~」と叫べばそれでスッキリなんです。それを「怒ったり泣いたりするのは悪いことだ」という“理屈鍵”のついた牢屋に閉じ込めておくもんだから、いつまでもうめき声が聞こえるという次第・・・。 子供の頃からずーっと、こんな自分を心の地下牢にたくさん飼ってませんか? そろそろ解放してあげましょうよ。怒っても泣いても叫んでもいいんです。僕が許します(笑) まあ、大人ですから、子供と違ってTPOを考える必要はあるかもしれませんが、自分が思い切り素の自分でいられる場を作って、ぜひトライしてみてください。枕に怒りをぶつけてもいいし、僕みたいに専用のワークを受けてもいいし、誰かに聞き役になってもらってもいいし。 そうやって理屈抜きで自分の感情を味わうようにしてると、気が付いたら、ごく自然に子供を受け止められるようになってると思います(^o^)b お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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