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テーマ:読書(8605)
カテゴリ:映画
はじめてのいしいしんじ作品。
すごく、おもしろかった。 曖昧で、やさしくて、滑稽で、あったかい。 人生の真実が背筋を伸ばしてちゃんとあり、あらゆる音に満たされている。 音楽家を目指した少年が経験する、デタラメだけれど温かい、人生賛歌の成長物語。 数学教師の父と、ティンパニストの祖父と、3人で暮らすぼく。 みんなは祖父の真似をして、ぼくのことをねこと呼ぶ。 おじいちゃんが束ねる街の音楽隊、港町をおそった災難、用務員さんの事故死、「ねずみ男」の最期・・・・・ ゆっくりと時間軸が前後して、さまざまなことが起こる。 つらいことも、嬉しいことも、とびきりおかしなことも、愛おしい出来事も。 出会った人々や事件をとおして、ぼくは成長していく。 普段、当たり前のように感受している、音や色を、無性に愛おしくなる本だった。 人ごみの喧しさも、色の氾濫も、うちゃっておくにはもったいないほど大切なものに思えて、読んでいる間じゅう、いつもより五感を研いでいた気がする。 登場人物は、みんなが魅力的な変人で、しかもなにかしらビョーキ。 背骨の湾曲したひと、盲目のひと、‘ねこ’は体の大きくなりすぎるビョーキだし、数学者の父は心の病だったと思う。 だれもがビョーキ持ちなんだけれど、それぞれの歴史が滲む人生は、誰ひとりとして捨てておけないいいものなのだった。おかしすぎる言動もこころをくすぐる。 私的に好きだったのは、チェロの先生と、その娘のみどり色と、ボクサーのおじさん。 茶色いもやもやのつなぎを着たチェロの先生に、ぼくがはじめて弟子入りした日。初対面の先生の台詞がいい。 「さあ、やれよ」 「部屋をかたづけてくれよ」 「床もふけよな」 「そうだな」 「それはすごいな」 一読すると・・・ものすごく可笑しなメチャクチャ会話なのに、そのうち潔いこの人の生き様に打たれてしまう。そういったことの繰り返し。だれもが魅力的なのだ。 みどり色という名の女の子とぼくは、ゆくゆく恋人同士になるのだろう。ふたりの関係もまたたのしい。 清々しく潔く生きる、浪漫がいっぱいに広がる。 ぼくにしかきこえない、かわいたクーツェの声。あれは、いったいなんだったのだろう。麦ふみの音は。 無表情なそれは、もしかしたら、父と同じように心を病んでいた、ぼくの幻聴だったのかもしれない。 出会いと成長と共に、ぼくは治って、たしかな幸せの音を聴いた。 読後感の爽やかな幸福さが、とてもいい。 人生のでたらめな悲喜劇を、真実の音がつらぬく―――― 「BOOK」データベースより お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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