テーマ:映画館で観た映画(8575)
カテゴリ:映画
台風により日本の貨物船第二玄洋丸が座礁沈没。 ロリシカ国の水爆実験場であるインファント島に漂着した乗組員が救助されたが、不思議なことに放射能障害が見られなかった。 スクープ取材のため、乗組員たちが収容された病院に潜入した日東新聞記者の福田善一郎は、カメラマンである花村ミチと共に、原田博士に注意されながらも、原水爆実験場であるはずのインファント島に原住民がいることを知る。 当初、ロリシカ国は原住民の存在自体を否定したが、急遽日ロ合同調査隊の派遣を決定。 福田は調査団員の言語学者中條信一と知り合う。 インファント島調査隊の見送りが盛大に行われる中、福田は調査団の船に無断侵入。 辛うじて臨時の警備員として記者活動を行わないことを条件に参加を認められるが、ロリシカ国側事務局長クラーク・ネルソンは、参加する科学者たちの収集資料のすべての提出を求めたりと科学調査隊としては極めて不審な行動をとる人物だった。 インファント島に上陸した調査隊の前に現れたのは、放射能汚染された島の中心部に広がる緑の森だった。 奇妙な植物群の中に謎の石碑を発見し、記録をとった中條は巨大な吸血植物に絡め捕られるが、その窮地を小美人という双子の妖精に助けられる。 ネルソンは小美人たちを「資料」として捕らえたが、彼らを守りインファント島で平和に暮らす原住民の存在を知った調査隊は小美人たちを解放。 誰が言うとなく緘口令を敷き、帰国した調査隊は誰一人島の秘密を語ることなく解散する。 安保闘争の翌年の作品で、当初は世界同時公開が予定されていたこともあり、ロリシカとして描かれた米国との関係や、 サンフランシスコ講和条約で日本が独立を回復したはずであるにもかかわらず、 外国人の犯罪捜査や出入国管理が相変わらず在日米軍主導で行なわれていること、 モスラがわざわざ横田基地を通ることなど、当時の日本の政治状況を反映した描写が目立つ。 また、当時の宣材パンフレットには、フェミニズムや先住民問題がテーマとして掲げられていた。 1961年製作の「モスラ」は私が小学生の時のもの。 もちろん、映画館の無かった村で育ったので映画は見たことがなかった。 当時、見てもう一度見たいと思ったのか、私と同じくらい年の男性客が多かった。 当時の*風俗*が良くわかった。 *注・風俗* ある時代や社会、ある地域や階層に特徴的にみられる、 衣食住など日常生活のしきたりや習わし、風習のこと。 広く、世相や生活文化の特色をいう場合もある。 例えば、モスラの来襲に逃げる人々の中には、家財道具をリヤカーに乗せている人がいた。 そして、そのリヤカーには、「いずめ」に入った赤ん坊が乗っていた。 「いずめ」とは、乳児を入れる藁性のかごのこと。 私は、幼い頃、見たことがあったが、1960年代でもまだ使っていたのかと、びっくりした。 ●また、「センブリが嫌い」というのも出てきて、この時代、センブリって使われていたのかと思った。 和名センブリの名前の由来は、全草が非常に苦く、植物体を煎じて「千回振出してもまだ苦い」ということから、「千度振り出し」が略されて名付けられたとされている。 その由来の通り非常に苦味が強く、最も苦い生薬(ハーブ)といわれる。 ザピーナツが歌う「モスラや~」という曲は、古関裕而の作品!! ■動画 モスラ 歌■ ♪訳詞♪ モスラよ モスラ 貴方の命の魔力で 身分卑しき あなたの下僕は 呪文を唱えて祈ります どうか立ち上がって 貴方の魔力を見せてください 原題:Mothra 製作年:1961年 製作国 上映時間:101分 にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2021.12.15 12:06:36
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