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■3月25日 ガイドさんの案内で、名古屋市にある徳川園に行ってきた。 ●元禄8年(1695年) 徳川園は、徳川御三家筆頭である、尾張藩二代藩主光友が、 自らの造営による隠居所である大曽根屋敷に移り住んだことを起源としています。 当時の敷地は約13万坪(約44ha)の広大さで、庭園内の泉水には16挺立の舟を浮かべたと言われています。 ●明治22年(1889年)からは尾張徳川家の邸宅となりました。 ●昭和6年(1931年)、十九代当主義親から邸宅と庭園の寄付を受けた名古屋市は整備改修を行い、翌年「徳川園」が公開されました。 ●昭和20年(1945年)に大空襲により園内の大部分を焼失した後は 一般的な公園として利用されてきました。 ●平成16年秋に日本庭園としてリニューアルしました 海に見立てた水面の周りに見どころを配する池泉回遊式庭園の中心的存在で、地下水を水源としています。 黒松を背にして浮かぶ島々、巨石に懸かるもみじ、水際を渡る飛石、突き出す砂嘴、 舟小屋のある渡し場などを巡りながら楽しむことができます。 ■登録有形文化財について■ ●川園黒門(とくがわえんくろもん)● 登録理由 徳川園の西に開く黒塗りの木割の太い薬医門。 旧尾張徳川家大曽根邸の表門として風格のある趣を持つ。 隅巴・軒巴は三つ葉葵紋の瓦とし、*留蓋*に亀をのせている。 *留蓋*:屋根末端の部分を覆う瓦のこと。 雨漏りを防ぐための構造物。 装飾的な要素も持つ。 ●釣瓶井戸(つるべいど)● 登録理由 石造の井戸で木造切妻杉皮葺の屋形を持つ。 塀と同様に周辺建物の歴史的景観を整えている。 ●蘇山荘(そざんそう)● 登録理由 徳川園の北西に位置する。 伝統的な和風建築の様式をとりながらも中廊下や階高の高い和風の座敷などを採用する近代和風建築の好例。 この建物は昭和22年(1947)から平成8年まで、名古屋市の公営結婚式場として使用され、平成16年からは喫茶室として活用されている。 ●西湖堤● 白楽天、蘇東坡など、古くから文化人の憧れの景勝地である中国杭州の西湖の湖面を直線的に分ける堤防を縮景したもので、異国情緒を日本庭園の中に取り入れています。 東京都の小石川後楽園、広島県の縮景園など、現存する大名庭園にも見られる様式です。 ▲亀島:亀は縁起がよいということで、日本庭園によく用いられる。▼ ▲南国の植物を植えることで、広く支配しているということをあらわしている。 ▲葵を育てている。▼ 光友の諡號「瑞龍院」から名づけられた小さな茶室で、龍仙湖の彼方に西湖堤を眺望することができます。 (▲灯篭の足元に「有楽灯篭」とある。) 織田信長の弟、織田有楽斎を始祖とし、かつては尾張徳川家で重用された尾州有楽流に因み、有楽好みの様式を取り入れています。 東京の有楽町(ゆうらくちょう)という地名は、有楽斎(うらくさい)に由来する。 この日も、味噌おでん、串カツなど名古屋名物の店を見た。 ■2023.3月23日(木)■愛知県・名古屋市・有松■ ■3月24日-1■愛知県:名古屋市・熱田神宮■ 3月24日-2■愛知県:名古屋城■ ■3月24日-3■愛知県:名古屋市・四間道(しけみち)■ にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2023.04.14 00:10:42
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