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臨床の現場より

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カテゴリ:医療制度
 数年前までの勤務医のキャリアは、おおよそ次の通りです。
 まず、大学医学部を卒業すると、自分の専攻する科を決めます。器用な人は外科、理論派は内科、その他色々な要素が絡みますが、医学部では5年生から6年生くらいまでにポリクリと言って、各科の臨床実習があり、全部の科を見学するので、この間に概ねのあたりを付ける学生も多かったようです。卒業して国家試験に合格すると晴れて医師となるわけですが、多くは同時に大学病院の各科に所属するようになります。これを入局といいます。どの大学も、内科なら第一とか第二内科医局、脳外科医局、眼科医局といったように、専門分野ごとに医局を形成しており、教授を頂点にして、臨床、研究、医師教育の三部門を請け負っています。ここでは、話が複雑になるのを避けるため、論点を医局制度の臨床面に絞りましょう。
 医学部を卒業したての医師は、漠然とした医学知識のみはありますが、実技や臨床はからっきしです。解剖や病気の知識はあっても、注射一つ出来ないし、聴診器やエコーの使い方や、手術道具の持ち方もさっぱりです。いうならば料理の本を一通り暗記していても魚をさばけない板前さんと同じです。一昔前の春の大学病院には、そんな新米医師がたくさん居て、患者さんに頭を下げながら検査や臨床を少しずつ学んでいました。患者さんの方も、何かあればすぐに上級医に言えばいいやと鷹揚にかまえて、仕方ないながらも命に関わらない範囲で研修医に医療行為をさせてくれたものです。
 ある程度医療行為が出来るようになって格好がついてくると、多くは関連病院といって、市中病院に出向してゆきます。市中病院には医局から中堅の医師も派遣されており、上司のバックアップを受けて、徐々に臨床を体で覚えて行きます。
 ここから先は医局によってさまざまで、大学院で研究をするために学生に戻る医師や、大学病院に更に専門分野を極めるために戻る医師、市中病院の中で徐々に医師としての力をつけてゆく者などが居ますが、医局側としては全体を眺めて、個々の医師が偏りのない臨床力をつけ、なおかつ地域の病院に穴が空かないように気を配りながら全体の人事異動を決めているようです。医師の方も、ある程度現在の自分の力量に合わせた医療を行い、少しずつ一人前になって行きます。
 医師になって10年もたつと、おおむね自分の科の中でも更なる専門分野ができてきます。たとえばhead&neckは頭頸部癌が専門分野ですし、同じ耳鼻科でも耳科手術、鼻科手術、めまい、難聴など、得意分野を持っている中堅医師が多いようです。これをサブスペシャリティといいます。自分がどんな分野をサブスペシャリティを目指すのかは、自分自身の意思以外にも、転々と勤務する病院の環境や上司に影響されます。いずれにせよ、地域の基幹病院の科長になるためには一通りの専門知識をつけた医師が要求されますが、彼らは上に述べたような経験をした後に医局人事でもって出向してきたということになります。出向先では医局から派遣された部下を自分がそうであったようにマンツーマンで手取り足取り教えて行くわけです。
 昨今明らかになってきているように、勤務医の労働環境は苛酷ですから、医師として15年から20年たつと、体力的もしくは経済的な理由で開業する医師も多く出てきます。特に外科系の医師は、体力の衰えが技術の低下に直結しますから、定年まで勤務医でいられる医師は一握りと言ってよいでしょう。そうして病院から去っていった医師の補充もまた医局の重要な役割で、空いたポストに脂の乗った医師を送り込むわけです。なにしろ医師というのは上記のように一人前になるのに長いキャリアが必要で、もともと医師不足のわが国では、一つの病院に複数の有能な医師を置いておく余裕がなかったわけで、科長が辞めればその影響は甚大です。医局との関係を良好に保っておけば、病院は医療の質を比較的落とさずに次の医師を確保できますから、このあたりが各市中病院が医局の人事支配を甘んじて受けていた所以です。

 次回は、新臨床研修制度が施行された後の医療現場の実情と混乱を書こうとおもっているのでした。


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最終更新日  2008.04.04 00:15:12
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