手術というのは病気を治療するひとつの手段ではありますが、同時に人の身体を切るわけですから、多かれ少なかれ患者さんへの害になる部分があります。まあ、そういってしまえば医療というもの全般に言えるわけで、薬だって飲みすぎれば害になりますし理学療法もやりすぎれば逆効果となりますが、手術の特殊な点は後戻りできないところです。一度切りとった組織を戻すことは至難の業で、すべての瞬間が一発勝負なのです。
そうはいっても、比較的気軽に行える手術から、適応が難しい手術まで様々あります。head&neckの分野でも、扁桃腺炎や副鼻腔炎の手術治療は、比較的気軽に進めることもできますし、逆に是が非でもやらなければならない手術ではありません。(誤解しないでいただきたいのは、この手術が簡単だという意味でも100%安全だという意味でもありません。いかなる手術でも大きな危険が潜んでいます)手術をうけることで患者さんが受けるメリットがデメリットより高く、ご本人が納得されていれば、病気を治すためには出し惜しみなくお勧めはします。また、癌の手術など、天秤の反対側にあるのが患者さんの生命である場合などは、たとえ治癒率が低くても手術することを選択せざるをえない場合もあります。
難しいのは、機能改善のための手術です。耳鼻咽喉科の分野では、聴力改善目的で行う鼓室形成術や、誤嚥を改善するためにする輪状咽頭筋切除・喉頭挙上術などがこれに当たります。勿論もともとは病気を抱えた患者さんであることは事実なのですが、それなりに現状では落ち着いている場合、そこから更に上を目指すのか、それとも現状を維持して満足するのかの選択は患者さんご本人の意思が大きく左右されます。一方、医療の提供側から考えると、こういう手術は非常にハードルが高くプレッシャーのかかる手術です。もともと何とか生活できる状態からわざわざ手術してまで改善するという治療の性質上、どうしても通常よりは高い成功率が求められる、つまり技術的難易度と、医療的難易度の差があるということになります。技術を高めるためには数をこなさなければならないし、数をこなせば失敗例がどうしても出てくる。こういうジレンマの中、現場で頑張る医師の苦しみはかなりのものですが、現在のように失敗するとすぐ補償だ訴訟だという雰囲気のなかでは、新しく技術を学ぼうという若い医師が少なくなってきてしまう弊害が明らかになってきています。
この国の患者さんの受けられる医療の行く末に、やや危惧を覚えるのでした。
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