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カテゴリ:医療制度
 前回に引き続き、過去のエントリーより。
2008.1.3~2008.1.7からの連作日記「診療材料」


 あちこちの医療系ブログでも新聞でも、医療費の問題は色々と取り沙汰されています。皆さんが病院に払うお金は果たして高いのか、安いのか。医師や医療者のブログでは、主に海外の値段との比較でもって、日本は極端に安いという論理展開が多いようです。大手新聞、テレビ等のマスコミでは、サラリーマンとの給与の比較や医療総額、開業医の収入総額でもって論じ、医師は高給取りであるという世論操作に必死である印象を受けます。果たして、医療を産業として捉えた場合に、儲かる商売なのでしょうか?
 簡単な例を紹介しましょう。

 あなたに、甲状腺の腫瘍ができて、入院して手術することになりました。甲状腺手術(半切)の値段は52200円です。これは、手術が簡単でも難しくても、腫瘍が大きくても小さくても、術者が上手でも下手でも日本国内全国一律の値段です。現在、日本の制度では、この値段は手術に対して使用した材料費込みで、手術に関してはこれ以上のお金を請求することができません。 
 それに対し、あなたに手術をする際に使った医療用具や消耗品の値段は以下のとおりです。ただし、(判りやすくするためにかなり単純化してあります。)
 術前に点滴をとるための用具代:アルコール綿一枚20円 点滴留置針130円 輸液セット400円 薬剤費約2000円 固定用テープや注射器、その他の消耗品で約3000円。
 手術の費用:滅菌布800円×5=4000円 術衣1600円×4=6400円 滅菌手袋300円×4=1200円 手術室用帽子、マスク等300×4=1200円、術前後に使用する消毒薬等の薬剤費2000円、心電図の電極、電気メスの対極版、メスの刃、縫合針、縫合糸、滅菌ガーゼ、創被覆材等の消耗品で約10000円。 
 上の2つを合わせて約30000円ですね。さらに、手術室を1時間稼動させる純粋な光熱費だけで1時間当たり1万円以上かかるのです。甲状腺の手術は、たとえばhead&neckがやると普通は2時間弱です。手術室に入って、全身麻酔をかける時間、覚ます時間を考えると、よっぽど手際よくやっても手術室は3時間半稼動しますから単純計算で35000円かかりますね。
つまり、甲状腺手術を1件やると、65000円の純粋なコストに対し、それに対する値段は52200円。13000円の赤字になります。しかも、これらの値段には、医師、看護師の人件費が全く含まれていないのです。

 上に述べた値段には、いろんな問題点があります。ただ、現状の医療の技術料が極端に低く押さえつけられているという事実はおわかりになると思います。もちろん上記の例は、仔細にわたって決められている診療報酬のうち、手術という限られたカテゴリーのうち、そのまたたった一つにすぎません。手術について言えば、例えば白内障の手術や鼻の手術、その他、決められた点数で充分黒字になるものも存在します。どんな産業にも黒字部門、赤字部門がありますから、総合的に医療が黒字になれば現在のような医療崩壊の問題は起きません。ただ、医療に関しては他の産業のように簡単に赤字部門を切り捨てるわけには行かないことが大きな問題です。例えば、自動車製造会社が、売れなくなった車を製造中止して新機種を出すようなわけにはいかないのです。医療に市場原理を持ち込むことは、「赤字ではあるが必要である」部門、例えば小児科や介護といった部署からの人員の撤退を惹起します。
 まあ、それはさておき、前回の手術のコストに関して、一般の方は医療器材がなぜこんなに高いのかを疑問に思った方も多いでしょう。以下は、日経メディカルオンラインの飛岡宏先生のブログからの抜粋です。

 一般仕様の機器が、医療仕様となると、値段が倍に跳ね上がる。この理由についてメーカーは「安全・事故防止のための装備が追加されているためだ」と説明している。しかし、米国のメーカーは、日本で使用されている医療電子機器は古い型が多いと指摘している。その理由は、日本では、行政で医療用機器の承認に時間がかかり過ぎているということのようだ。
 そのため、輸入業者は、旧式でも承認を得てあるものを扱おうとし、新型の機器の一部(新たに承認を得る必要のある部品)を、旧式機器(承認を得ている部品)に改造して、日本に持ち込むようなことがある。これを「日本仕様」と呼ぶそうである。そのために、値段が高くなってしまうのだという。医療機器として承認を受けるのに、20カ月以上の時間を必要とするところに問題がある。
 厚生労働省には、医療用電子機器承認の時間短縮をお願いしたい。少なくとも、日本仕様にしたために、値段が跳ね上がるようなことはあってはならない。

 …極端な例では、心臓のペースメーカー(ドイツ製)は日本では160万円、アメリカでは60万円、ドイツでは40万円です。ドイツからアメリカに輸出するコストと、日本に輸出するコストに120万円の差が出るなんて思う方はいないでしょう。
 たとえば、アメリカで医療用に使用されている体温計を日本で使用したいとします。輸入原価は1個2ドル(300円弱)です。まず、日本で医療用に使うためには、厚生労働省に医療機器としての認可を取るための分厚い書類を提出しなければなりません。内容は難解で、とても素人に書けるような代物ではなく、この書類を書いてもらうための代行業者は厚生労働省がピックアップした数社を案内しており数百万円の手数料がかかります。また、経済産業省に計測機器の基準を満たしているかの審査を求め、JISマークにデザイン基準を満たしているかを審査してもらう必要があり、計測機器基準とJISマークからは商品一つひとつに対して貼る、認定シールを買う必要があるのです。その結果、一個2ドルで仕入れることができたとしても、コストに見合うようにするためには、商品を2,3千円で卸さなければなりません。認可に必要な中間手数料が医療機器の値段を押し上げているわけです。手続き代行業者のひとつである医薬品医療機器総合機構の理事長である宮島彰氏は厚労省元医薬局長です。その他、ホームページにある役員の名前をググッてみると、社会保険庁元課長、厚労省元課長などがずらりと名前をそろえています。典型的な天下り組織ですね。
 このように、医療機器、医療用消費材、製薬会社などの関連企業の多くには経済産業省、財務省、厚生労働省の元担当課長が再就職しています。薬害エイズの問題が起きた際、省庁からの直接の天下りは禁止されたはずです。ところが、官僚というのは自分たちの利益のためならばいくらでも抜け道を作るもので、公益法人や独立行政法人に一旦就職し、その後、民間企業に再就職するという手を考えていました。したがって、各会社には今までと変わりなく天下り官僚が入り込み、利益を誘導するという図式は全く変わっていないのです。以下はJA1NUT先生のブログ、ステトスコープ・チェロ・電鍵よりの引用です。

 顔見知りの中規模の後発品をメインに製造・販売している製薬会社の営業マンが、自社の製品(いわゆる後発品)が、この夏にようやく認可されて発売されることになったと嬉しそうに報告に来た。他社から、全く同じ内容の薬がすでに1年前に販売されている。昨年、同時に販売認可を申請したのだが、同じ製造元の同じ製品なのに他社の方が1年先に認可された。
どうしてか彼に尋ねると、「厚生労働省からの天下りを受け入れているかどうかの違いです。」という返事。同じ問題が、薬価の設定にもある。同じ後発品でも、その価格設定に、天下りを受け入れているかどうかが関わってくる。

 医療に関わらず、すべての分野である程度こうした天下り官僚による利益誘導が行われています。100歩譲って、それでもその分野が産業として崩壊せず、庶民が生活に困ることが無ければ、度を越さない限りはよしとする人々もいるでしょう。もちろんまじめに仕事をしている天下り官僚だっているかもしれません。しかし、医療の分野はすでに瀕死の状態です。そして、医療は国民の生命に関わることなのです。こういった領域での天下り官僚の活躍は、社会に対する悪、寄生虫の類です。
 皆さんが病院の窓口で払う金額と、医療費の公費投入の裏にはこういうからくりがかくされています。この事実に目をつぶり、現場に負担を押し付けるような報道をしても、それはあまりにも浅はかです。そして、医療に対する不満を現場にぶつけても、一向に改善しない根源は、このような一部の寄生虫官僚がはびこる日本の医療制度自体に問題があると思うのでした。


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最終更新日  2008.10.21 22:55:20
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