ぐとくさん 12
ぐとくさんは眉をよせて、考えるふりをするのです。「しかし、お前にそんな天界をあやつる権限はないと思うがな。わたしに虚仮はない。まあ、どっちでもいいや、どうせ天界はおれ様のものだ。しかし、如来てのは世間知らずだな。馬鹿みたいに修行ばっかりしていたら、そうなってしまうのかと、悟空は変に感心している。だいたいおれ様のキン斗雲はあっという間に十万八千里、あの手のひらはどう見たてても一尺、はなしにならんな。悟空はあらよっと如来の手のひらに跳びのって、キン斗雲の上にすくっと立ちました。そんじゃ、坊様ちょっと行ってきますわ」 ぐとくさんは自分の右の手のひらをトクの前にひろげ、筆の尻で手のひらをつき、「こんなふうにな」と示すのです。 トクは目を輝かせてうんうん、頷くのでした。 ぐとくさんはまた立ち上がり、雲に乗った姿勢になり、左手を額にかざして遠くを見るしぐさをするのです。「トクも乗る」と、ぐとくさんの帯をつかみ後ろにつくのでした。「悟空の雲は速いぞ、トクおっこちないように気を付けるんだぞ」 トクはしっかりと、ぐとくさんの帯をつかむのです。「おまえたちも、落ちないようにあたいの足につかまれ」 ぐとくさんは、右に左に体を振ります。トクもそれについていきます。ぐとくさんは身をかがめます。トクも同じようにするのです。「いまぶつかりそうになったのはなんだ、トンビかワシか」 腕を組んで天井を見上げて、ぐとくさんが言います。もちろんトクもまねして腕組みをしています。ちびたちもそうします。「こんなところに柱が五本ある。雲を突き抜けて伸びているな。ははん、さてはこれは天を支える柱、地の果てか、ここまでくればいいだろう」 ぐとくさんは、腕組みをしたまま頷きます。みんなもうなずきます。「まあ、如来の手のひらなんて小さいものよ、おれは地の果てまで来たのだからな、あいつは世間知らずで疑り深いやつだから、この真ん中の柱にいっぴつのこしておこう」 ぐとくさんは考えるふりをして、筆を空中にはしらせます。「悟空ここにきて、天界の王となる。ここに一筆しるす」 ぐとくさんは座りなおします。みんなもその前にもどりました。「悟空はキン斗雲に乗って、もとの場所に帰り、如来さまの手の上に立った。そしていばって言う。おれは地の果てまで行って、天を支える柱に名を残してきた。さあ、約束守ってもらおうか。天界のあるじになったら、閻魔をよんでやろうかな、あいつも日陰の身でかわいそうだからな。如来さまが悟空を一喝して言う。こざかしいサルめが、そちはこのわたしの手から出ていないではないか。またそんなこと言って、だから坊主は嫌いなんだ。疑り深いから、素直にならなくちゃだめですよ。おれはちゃんと天を支える柱を見て、そこに名を残してきたのだから、じゃ見に行きますか、面倒ですけど、おれのキン斗雲に乗せてあげますよ。その必要はないわ、これを見よ。如来さまはそう言って、手のひらを悟空に見せました」 ぐとくさんは手のひらを三人に見せます。そして自分に向けて、その指をじっと見ます。「悟空がその指を見ると、中指に悟空ここにきて、天界の王となる。ここに一筆しるすと書いてある。悟空はこれを見てびっくり。地の果てと思ったのは如来さまの指、手のひらから出ていなかったのだ。悟空はすっかり言葉を失い、しおれてしまったのだ」 話し終わると、ぐとくさんは外に目をやりました。外は少し明るくなっていました。「雨があがったようだな、畑を見に行くか」「ぐとくさんあたいの指にも書いて」 ぐとくさんはかるく笑いながら、そうだなと筆をとりました。右手の指にトク陀佛と書きました。トクはくすぐったそうに笑いました。「なんて書いてあるの」「トク陀佛、トクの仏さまだよ」「わあい、トクの仏さまだ、トクの仏さまだ。うれしいな」 トクはちびたちに指を見せて、「トクの仏さまだ」とおどりました。