「わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」マタイによる福音書26章39節(新共同訳聖書)
イエス様の祈りにならって、信徒たちは自分の期待や願いを、
いさぎよく、あるいは泣く泣く、あきらめてきた。
主の御言葉は、方向転換するための「伝家の宝刀」。
「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」マタイによる福音書8章2節
御心ですから、決してあきらめません。
あくまでも期待を継続する「御心」もある。
どうか「御心」の二つの用法を誤らないように。
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