「小さな人」吉本ばなな
作家・吉本ばななさんのこの文章、すごく腑に落ちました。 『自分が清らかだったという自慢話では決してなく,私は小さい頃,本当にものや植物とお話していた。花瓶が割れてもかわいそうだと泣き,動物が死んだりしたらお祈りしたり嘆き悲しみ,もう大変だった。いらいらした人がいる部屋に入ると頭痛がしたし,病院に行くといろいろ感じてしまいそれだけで一日寝込んだ。悪意にも敏感でびくびくしていたし,旅行に行ったら帰るときには「ありがとう,お部屋よ」と言って出た。自分の中に小さな友達がいて,その友だちが喜ぶものを集めて袋に入れ,いつでも、持って歩いていた。 実は今もほとんど内実は変わっていないのだが,小さい頃はいっそうむき出しだったと思う。そんな私がどんな目にあって生き抜いてきたか,想像がつくであろう。人々はみな私を狂っているとか神経質だとか,もう少ししっかりしなさいだとか丈夫になりなさいだとか,うっとうしいだとか,面倒くさいだとか,繊細すぎると言った。私はいったんそれを本気で真に受けてみた。現実社会の一員として,ものすごく現実的になってみたのだ。 そうしたら,いいこともたくさんあった。たとえば,愛する動物が死のうとしているときに,しっかりと地に足をつけて体を使って看病できるようになった。いろいろな人に会ったり,いろいろなところに行ったりすることがこわくなくなった。あらゆる人の意見を理解し,合わせることもできるようになった。その段階で,私は自分の中の小さな人の叫びから少しだけ逃げた。その瞳は透明すぎるし,生きてゆくには必要がない,なんといってもその面を大事にすると,男の人からは追いかけられ,女からはねたまれ,苦しいことが多すぎて,ろくなことがない。図太い方が生きやすい,どんどん奥に押し込めておこう,自分の中にその人がいることを知っているんだから,大丈夫だとたかをくくった。 でもその小さな人はどこまでも叫び続けた。小さい声で,でも決して消えないはっきりした調子で。その人はまだ植物や動物と話ができるし,部屋や石の声も聞けた。清められた空間とそうでない空間との違いを,掃除の有無だけでなくわかることができた。ただ人間だけがこわい,そう言っていた。人間をこわがっていたらきりがないよ,もういいよ,人のことなんてどうでも,そういうふうに私は切り捨てようとした。でも,小さな人はうなずかなかった。苦しむことも,とことんやったほうがいいというのだ。 そしてあるときその人は突然,美しい反逆をはじめたのだった。私がごまかしたり楽になろうとしたり人に好かれようとしてついていた小さな嘘はみんな明るみに出て,おそろしい勢いで浄化が始まった。後は小さい人の声と共に生きるしかない,でも私にはまだ自信がなかった。あるところから,私は人に合わせることがどうしてもできなくなった。これまでは「わかるわかる,その考え方わかるところがある」と言えていたのに「私はあなたがとても好き,でもここは違う。私はこう感じる」としか言えなくなった。そうしたら,驚くほどたくさんの人が離れていって,お互いが傷ついた。そんなでは意味がないではないかとさえ思った。それでも私は,小さい人の声を消せなかった。 そして次に起きたことは,ほんとうにわかってくれる人が,ひとりまたひとりと近づいてきてくれたのだった。それでも恐ろしい痛みをむきだしのままくぐって,私は弱っていた。その過程で投げつけられたさまざまなののしりで、体が痛いほどだった。そして少し自信を失っていた。わかってはいるけれど,失ってしまったのだ。そのリハビリの過程で,私はホ・オポノポノに出会った。あるとき,イハレアカラ・ヒューレン博士のインタビューを読んだのだ。その辛辣さが真実の愛であることが,似たものを持つ私にはすぐわかった。そして,彼のことを調べて,クラスに参加した。 私が恥ずかしく思っていたこと,生きてゆくのに弱すぎると思っていた全てのこと。小さい人を大事にすること,その全てがそこでは光に包まれていた。私が小説を書く上で,本をつくる上でしようとしていたことは,全て正しかったのだ。ここには確かに同じ発想がある,そう感じた。これまで誰に言っても「大げさな」「空想だ」「それでは生きていけない」と言われたことの全てが,そこで肯定された。私の中の小さい人を育てていく技法も具体的にしっかりと教わった。 それで私は猛然と変わりはじめた。変わりはじめたら,これまでに出会った数少ない理解者たちがどんなに私を思って,ほんとうの私に戻るためにどんなにはげましてくれていたか,はじめてわかった。自信が戻ってきた。自信とともに,私にはもう地に足のついた苦しい時期に学んだあらゆる経験もそなわっていた。そして私から自信を奪ったのは他人ではなく自分である,という責任の重さをほんとうの意味で理解した。おそろしい他人を想定して自分を正当化するのをきっぱりとやめた。そして,私は気づきはじめている。これはとても大変なことだが,実は私はずっとひとりぼっちでこれをやってきたのだ。 永遠に続く孤独な徒労だと思ってやってきたことが,光の道,意図のある自信の道に変わったのは,ヒューレン博士の姿を見て,その黒く輝く瞳をのぞきこんで,自分と彼が,そして全ての人が属するほんとうに美しい「無限」を見たからだと確信している。』 ****************************************** ホ・オポノポノ公式サイト http://hooponopono-asia.org/