きょうの朝日新聞朝刊に天声人語士が「香り」をめぐって書いていられる。コロナウィルス禍で閉じこもりがちなときにインドネシア産の線香を焚いた、と。「ああ、私も同じことをしていた」と私は思った。天声人語士は、つづけて本間洋子氏の著書『香道の文化史』を紹介している。
香道、あるいは香りの文化に関する本は、近年のアロマ・セラピーなどの流行の影響もあるのか、ひところに比べると多いように思う。
私の書棚にも一冊の稀覯本がある。
杉本文太郎著『香道』。昭和5年(1930)に雄山閣より刊行された。その後、太平洋戦争を挟んで長らく絶版になっていたが、昭和44年に限定300部が再刊行され、さらに昭和47年(1972)にやはり限定300部が再々刊行された。私が所蔵するのは再々刊行された300部のうちの一冊である。
再刊本ではあるが、版型体裁は元のままである。昭和5年版に昭和44年版に付加された志野流家元・蜂谷宗由氏の序文と御家流家元三条西堯山氏の序文が収載されている。香道二流の家元が序文を寄せるだけあって、本書の内容は香道について微に入り細を穿つもので、後学のために挙げた著者が参考にした書籍もまた綿密である。すなわち、宮内省図書寮所蔵書26、内閣文庫所蔵本17、大学図書館所蔵本5、帝国図書館所蔵本21。そのすべてが貴重な古写本である。無論、書名を列記し、分冊の場合はその旨と冊数を書いている。さらに著者は「再び参考書籍に就いて」を草し、八方手を尽くしたが実物書を見ることができなかった古書籍について、後に朗報を得て所蔵者の好意によって30数日間の読解研究をし、それによって香道全般について著者として満足できる本ができたとある。
私は本書によって「源氏香」の種類と、そのそれぞれの香木の組み合わせを知ることができた。「源氏香」はそれぞれ算木の組み合わせのような記号で表されており、その意味を知らなければ「源氏香」を知ることにはならない。ということは、日本文化のなかの「香合わせ」の、いわば奥行きを知ることにもならない。その感覚の鋭さを偲ぶこともできない。その源氏香を含めて組香とその仕方226通りの詳細。これを嗅ぎ分ける「遊び」。それが香道である。函に巻かれた帯に「香道入門」とあるが、香道の奥の院の扉を開けることだと承知する。いわゆる一般的な概説書ではない。
本書について詳しく述べる余裕はないが、せめても外装の画像だけでも掲載しておこう。
杉本文太郎『香道』 昭和47年限定300部 雄山閣刊
銀刷絹目紙貼り函
題字および装画金版金箔捺し布装。A5判本文404頁
このスキャン画像では白っぽく反射しているが、実物は金箔である。