昨日は汗水漬くになってどこかにもぐりこんでしまった資料本をさがした。あちらの山を崩し、こちらの山を崩し、と。
増えつづける本の整理がまったくできない。いくつもの書棚はとうの昔にいっぱいになり、その前にどんどん積み上げて、それが前後何列にもなり、もはや資料を取り出すにも機能しなくなってしまった。せいぜい1万冊。蔵書とは言えない。
私はかつてこのブログ日記に愛書狂について書いた。2009年7月9日「愛書狂」、つづく7月10日「フランスの愛書狂」。生田耕作訳『愛書狂』(白水社刊)に登場するフランスの名うての愛書狂を摘んで紹介した。私は本は読むが愛書狂ではない。本ならなんでもよいと手当たり次第に読んでいるのでもない。たしかに分野分けすれば多岐にわたるが、みな、私の思考経路では関連がある本である。
まあ、私のことなどどうでもよい。
愛書狂といえば、もう一冊おもしろい本を思い出した。これはすぐに山のなかから掘り出せた。渡辺一夫『異国残照』(人と思想・文藝春秋、1973年刊)。渡辺一夫先生のこの本は、たくさんのエッセイを収めていて、じつにおもしろい。そのなかの一編、「ブゥラール氏の蔵書と架空文庫」。・・・「蔵書家愛書家として名を竹帛に垂れた人々は多かろうが、フランスのアントワヌ・マリ・アンリ・ブゥラール Antoine Mari Henri Boulard (1754-1825) は、そのなかでも屈指の人物かもしれない。」と起筆している。この人物、毎日本を買い、ついには一々調べているのが面倒になり、一尺(30cm)の高さにまとめて100フランで買い、古書街の店主たちの目の色を変えた。本を収蔵する家を8軒も持ち、家計をやりくりしなければならなくなった夫人に諌められて本の購入を厳禁されると、たちまち病気になり顔は青ざめ痩せ細ってしまった。これでは死んでしまうかもしれないと不安になった夫人が仕方がなく禁を解くと、またたちまち元気になり、馬車を駆って古書店通い。・・・つづきは『異国残照』を読んでもらうことにしよう。彼の死後、60万巻におよぶ蔵書は夫人によって売り払われた。イギリスの愛書家リチャード・ヘーパーの手に渡ったものもあったという。フランスの古書価は数年間にわたって大暴落したそうだ。
渡辺一夫『異国残照』文藝春秋 1973年