第51話 ~ sae(16) 聖 ~
◆小説のあらすじ・登場人物◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください 最初から、または途中の回からの続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、一覧は携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 子供の頃のクリスマスの想い出。母と一緒に飾ったツリー。母と二人では食べきれなかった大きなケーキ。そして、どんなに夜遅くまで起きていても、決して姿を見せてはくれなかったサンタさん。 朝目覚めると、プレゼントは毎年きちんと枕元に置かれていたのに。 けれど吾朗ちゃんに会った翌日、私にとっては恐らく最後になるクリスマス・イブに、サンタクロースはいともあっけなく姿を現した。「あ、裏切り者だ」「何だよ、人聞きの悪い」 煙突からではなく、ドアをノックして堂々と部屋に入って来たサンタクロースは、例の赤と白の衣装ではなく白衣を着ていた。「昨日、吾朗ちゃんが来たの。琢人、吾朗ちゃんに何もかも話しちゃったでしょ?」 琢人は一瞬ぽかんとした顔をして、すぐにこう答えた。「あいつ、案外早かったな。もう少し時間がかかるかと思ってたけど」「信用してたのに、簡単に裏切ってくれたわね。罰として明日の約束はキャンセルね。さっき 吾朗ちゃんからメールが来て、明日の夜は吾朗ちゃんとご飯を食べる約束をしたから」「せっかく行きたいって言ってた店、予約したのに」「だから、その予約、私と吾朗ちゃんで行って来るから」「それはあんまりじゃあ…。姫君、何とか考え直していただけませんか?」 琢人はおどけながら、嬉しそうに顔をほころばせた。「ダメ。考え直す余地はなし。それに…」 何もかも知った上で、吾朗ちゃんが会いに来てくれたのはとても嬉しかった。 けれど、私のためという以外に、吾朗ちゃんが真実を知る必要はなかった。そう思うと、辛かった。「私のためなら、話す必要はなかったのに。私がいなくなってからも、この先ずっと吾朗ちゃんは…」 声を詰まらせた私を見て、琢人はベッドの端に腰掛けた。「大丈夫。吾朗はああ見えて、芯の強いやつだ。ひょろひょろの草みたいだけど、嵐が来て風に翻弄されることはあっても、大木の枝と違ってポッキリ折れたりはしない。意外と打たれ強いやつだと思う。お前に似てさ」 「ジングルベル」を歌う子供たちの声が、どこからか微かに聞こえてくる。今晩、小児病棟で行われるクリスマス会の練習をしているらしい。「それに」 琢人は話しを続けた。「全てを話したのはお前のためだけじゃないんだ。俺のためでもあったんだ。お前と吾朗があんな最後のままじゃ、何だかいたたまれなくってさ。それにこの先ずっと、俺が黙っていられるかどうか自信がなかった。もし、お前がいなくなった後に吾朗に本当のことを打ち明けたら、吾朗のことだからそれこそ一人で苦しみそうな気がしてさ。こんな言い方、気を悪くしないで欲しいんだけど、会えるうちにと思って。ごめんな、勝手なことして」 何も言えず、私は黙って首を振った。「さてと、クリスマス会の練習でも覗きに行くか。俺もトナカイやるから、お前もちゃんと観に来いよ」 ごめんね、琢人。あなたにもこの十年、私はずっと重い荷物を背負わせてしまっていた。 そして、ありがとう。他に言葉が見付からないよ。 部屋を出て行こうとする琢人に、私はベッドに座ったまま声をかけた。「だけど裏切った罰金として、明日の食事の支払い、琢人に付けといてもらうからね」「デートの約束もキャンセルされた上に、金だけとられるのか。史上最低のクリスマスだな」 白衣を着たサンタクロースは、笑いながら部屋を後にした。 次の日、吾朗ちゃんは早めに仕事を切り上げて、会いに来てくれた。「俺だけ除け者にしやがって。紗英の外出、不許可にしてやろうか?」 琢人はそう言って、私たちを見送ってくれた。 兄妹として過ごす最初で最後のクリスマス。こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。それは幼い頃、母と二人で過ごしたクリスマスにどこか似ていた。 私の病気がもう手遅れだと聞かされた時には、何もかもが急に色褪せていくような感じだった。実感の伴わない嘘のような現実。大粒の涙が後から後から、止めどなく溢れ続けた。 入院中の母には泣き顔は見せられない。笑顔でいられなくなりそうな時には、一人で病院の中庭のベンチに座って、ぼんやりと池を眺めていた。それほど深い池ではないのに、まだ春を迎える前の水面は真っ暗で底が見えなかった。 私にはもう時間がない。 病院で母の最期を看取ってから、それはより一層、色濃く私の前に立ち塞がった。 自分の余命があと僅かだと知ると、人はこれまでにやり残してきたことや、いつかやってみたかったことなどを残された人生の中で実現しようとする。テレビや映画でも、これまでよく耳にした話だった。 でも私には特別に、これだけはやっておきたいと思うようなことは何一つなかった。一生懸命取り組んできた仕事も趣味もなかったし、子供もいなかった。 唯一気がかりだったこと。それは、吾朗ちゃんがどこでどうしているのかと言うこと。 最初は元気でいてくれればそれでいい、自分とはもう関わりのないことだと思っていた。 私はこのまま夫のそばで、できる限り私の日常を大切に頑張ることができたらと願った。 けれど離婚することになって、一人になった途端込み上げてきた想い。吾朗ちゃんに会いたい。日に日に強まるその気持ちは、いつの間にか叶えたい最後の望みに変わっていった。 今、こうして目の前にいるあなたの、妹っていうやつを一度やってみたかったんだ。 兄としての吾朗ちゃんを、タマシイに焼き付けておきたかったの。天国に行ってからも、時々あなたのことを思い出して懐かしむことができるように。 その週の土曜日。またしても思いがけない訪問者があった。 散歩でもしようかとホスピスを出て外来棟の廊下を歩いていた私の前に現れたのは、私のせいで吾朗ちゃんと別れることになってしまったくーちゃんだった。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○読んでくださり、ありがとうございました!更新してない間に、ランキング、思いっきり下降中です。(T0T)応援してくださると、相当喜びます 参考までにお聞かせください。「poincare」終了後、もしまた私が何か書くとしたら、読んでみたいと思う物語はありますか?投票は こちら から!(12/31締切)今日初めてアクセスしてくださった方、ありがとうございます!続けて読んでくださっている方、大変ご無沙汰しています!!m(__)m「poincare」第51話 やっと更新できました~って、時間がかかってた割には何の進展もない感じですが夏休み、子供たちの学校の二学期が始まれば、きっと時間ができるはず、と思っていたのですが、予想以上に忙しくなり、その忙しさはどんどん加速していくばかり。最近じゃ、全くパソコン開けない日もあるくらいです。(T-T)そんな中、細々とではありますが、こうして挫けずに更新できるのも読んでくださる方がいるお陰で…。皆様に心から感謝です内容的には、もうほとんど終わりの部分なんですが、ざっとこの後の流れを書き出してみたところ、最終話は少なくとも57話目くらいになりそうです。このままのペースで書いていくと、まだ2~3ヶ月かかるかも…?(^_^;)年末で、みなさまもお忙しいことと思われますが、身体を壊さないように、残された2008年をお楽しみくださいね!お付き合いいただけるのであれば…どうぞまた次回もよろしくお願いいたします。(*^^)v今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ