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カテゴリ:教授の読書日記
レジ―さんが書かれた『ファスト教養』という本を読了しましたので、心覚えを付けておきましょう。
著者名「レジ―」って何だよ? ということはさておき、まあ、いい本ですわ。久々に読んだ「読む価値のある新書」っていう感じ。 ちなみに「ファスト教養」というのはレジ―さんの造語で、昔から日本でもてはやされてきた「教養」というものが、ここ20年~30年ほどの間に意味合いが変わってきた、っちゅー話。 今の日本で言う「教養」とは、「持っていればビジネス上で役立つ可能性が高い教養」の意味で、この教養があれば同僚から頭一つ抜け出すことができる知識を意味する。端的に言えば、ビジネスで成功し、金持ちになるために必要なツールとしての知識を指すんですな。だから、野心ある前向きなビジネスマンは、その分野に興味があるかどうかなどという個人的な理由からではなく、ビジネス上の必要性からこの種のファスト教養を身につけようとする。映画を早回しで観る、なんていうこともその一環で、映画というアートを堪能するためではなく、上司に話を合わせるとか、取引先の人間関係を円滑にするために、その映画の内容を知っているという状況を創り出すために観る。こういう態度が「ファスト教養」のベースにあると。 で本書は、今日のこうした「ファスト教養」ブームについて解説しているのですけれども、この本の何がすごいって、レジ―さんのライターとしての腕。2000年代以降の日本のビジネス・シーンを侵食してきた「ファスト教養ブーム」の萌芽から現状まで、立役者の紹介からそのブームが引き起こしている病理の描写まで、無駄なく不足なく、適切なタイミングで適切な例を引き乍ら、見事なまでに活写している。 たとえば小泉政権、小池都政、安倍政権など、自助努力を基本とする政治的な流れがある中、ITバブルによって、ホリエモンなど、従来の社会システム、旧来の会社概念を覆す新しいビジネス形態を打ち出す人たちが登場する過程で、「稼ぐが勝ち」的な概念が生れたという経緯。またそうした新しいビジネス・シーンの中で、負け組になりたくない若者たちが、自身のスキルアップに邁進せざるを得ない状況が出て来たということ。また自己責任という考え方を無条件に信じるようになったことから、自己責任を果たさない社会的弱者を救済するという、公的責任を軽視するような風潮が出て来るという話。 でまたファスト教養がもてはやされるとなると、中田氏やひろゆきや勝間さんなど、それに適応したインフルエンサーが次々と登場してくるのであって、出版界もそれに迎合して、ますますファスト教養一辺倒になっていく。ホリエモンも、デビュー当時は、露悪的ではあれ、根っこのところでは従来の社会システムを刷新しようという大きな志を持っていたはずなのに、今ではファスト教養の伝道者に成り下がってしまった。 AKB48の登場も、芸能界におけるファスト教養ブームの一端として捉えられるのであって、アイドルグループの中で、それぞれのメンバーが、自助努力によってライバルと差を付けようとするのもそうだし、ファンの側も「贔屓のメンバーを出世させるために、自分にできることをする(CDを複数枚買う)」などの自助努力に精を出すことになり、こうしたことによって、一部のファンの行動により、世間的には聞いたこともないようなタレントがオリコン1位を獲得するといったようなことも起こるようになると。 またサッカーのスター選手の自己啓発本もまた、ファスト教養ブームに棹差したものである、なんて指摘も説得力ありましたし、こうしたファスト教養ブームに振り回されるカップルを描いた『花束みたいな恋をした』という映画のことも解説も非常に面白かった。なるほどねえ・・・って感じです。 ・・・とまあ、ホントに今の日本の状況がスッキリ分かる。まるでファスト教養の枠内の話になっちゃうようですけど、実に「この本一冊読めば、この時代の日本のことは大概分かる」と言っても過言ではない。 ちょっと前に読んだ三宅香帆氏の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』という売れ筋の本には全然感心しなかったんだけど、レジ―さんのこの本は面白いわ~。 っていうか、レジーさんの『ファスト教養』という本こそ、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という問に、完璧に回答しているよね! だってさ、三宅氏のこの問いへの回答は、「本が読めないのは、日本人が働き過ぎているから。そんなに一生懸命働かなければ本も読めるようになるよ」というものだったのだけど、レジ―さんは、もっと深い回答を示している。なぜ本が読めないか、それはファスト教養を身につけるために忙しいから、だもんね。 三宅氏の問題提起とは裏腹に、日本のビジネスマンは、忙しくても本は読んでいるのよ。やたらに。ただその本がファスト教養のための本であるというところが問題なんだと。 この鋭い認識からして、レジ―さんの本は、三宅氏の本を圧倒しています。 ただ・・・ この本の最終章でレジ―さんが提示している、この状況への解毒剤というのは、案外平凡だったかな。 レジ―さんが解毒剤として提示しているのは、「ビジネスのためにファスト教養を身につけるのは、今日、仕方がないことだから、そこには目をつぶろう。ただし、ファスト教養向けの本の中にも松竹梅があって、松の方を読むようにしよう」ということだから。ファスト教養を身につける一方、もう少し本格的な教養も身につけて、クルマの両輪にしようよ、という妥協案。それがレジ―さんの回答。 これをどう評価します? 平凡・・・じゃない? まあ、それ以外に道はないのかもね。だとしたら、平凡な回答が正しい回答ということになる。 ただ、そこまでの記述があまりにも見事だったので、読者としてはもっとすごい回答を期待しちゃうのよ。 あ、そうそう、あともう一つ驚いたのが、レジ―さんがこの回答を引き出すのに補助線として使ったのが、渡部昇一の『知的生活の方法』と、川喜多二郎の『発想法』(要は「KJ法」)だったということ。ほえ~、随分とまた温故知新だこと。 ということで、最終章についてはちょっと、と思うところもなくはなかったけど、そんなことはどうでもいいぐらい、現代日本のある状況を見事に描いているという点で、この本は必読だわ~。教授のおすすめ!と言っておきましょう。 これこれ! ↓ ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち (集英社新書) [ レジー ] お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 9, 2024 03:00:11 PM
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