お久しぶりの日記です。
先週は本当にあっという間の1週間でした。
5月より検査入院していた義父
肺がんで余命半年と告知されていました。
手術は不可能、2度の抗がん剤治療を乗り越え、頑張っていました。
一時退院をしたのですが、一人になると前倒しになり、じっとうずくまっていた義父に
初めて直接ヒーリングをさせてもらった時、私は愕然としました。
そして、思っている以上に残された時間が無いことを知りました。
7月15日は兼ねてから予定していたイベント日でした。
早朝に容態が悪く、一度はイベント参加を急遽取りやめにしようかと
Angelicaさんに連絡をしたのですが、病院に駆けつけると容態は穏やかになり、
旦那さんから『行っておいで』と言われたのですが、
やはり心配で悩んでいると
『お義父さんは大丈夫だから、あなたはあなたのするべきことを
やり遂げなさい』
とメッセージを受け取り、無事にイベント参加することができました。
イベントが終わり、病院へ戻ると弟さんも駆けつけていました。
帰る間際、お義父さんは遠くに住んでいる弟さんの手を必死に握り、
しばらくじっとして二人の時間が静かに流れていました。
その後私の方を見て、ニッコリと力なく笑って『ありがとう』と口をパクパクさせていました。
「ありがとうなんて言わなくていいんですよ。」
と言うと、旦那さんや私、そして弟さんのそれぞれの顔を見てから
両手を合わせると頭の方へ上げ、無言で『ありがとう』と伝えてくれました。
それが義父からの最後の声無き言葉となりました。
16日は帰りたくない気持ちを抑えながら帰り、普段はスイスイ行ける道路も
渋滞でなかなか家路につけない不思議な感じでした。
17日に日付が変わってまもなくして、私を呼ぶ声に気付きました。
『あっ。お義父さんが呼んでる。』
と旦那さんに伝えてすぐに別の声がしました。
その声は私のハイレベルガイドの声でした。
『準備をしなさい。』
えっ?!準備って・・・???
『準備をしなさい。』
何の準備なんだろうと旦那さんに話しつつ、その日に限ってコンタクトをつけたまま
寝ようかとギリギリ悩んでいた私はちょっぴり不安になりながらも
そのまま眠ってしまったのです。
そして・・・・・・・・・・・・、その数時間後電話は鳴りました。
間に合うようにと願いつつ車を走らせていましたが、
助手席に乗っていた私は気付いていました。
義父が後ろの席に座っていることに・・・・・
私が声を聞いた時間、ちょうど義父の容態が急変し、苦しんでいた頃でした。
そして電話をもらった時にはもう既にこの世にはいなかったのです・・・
最後の最後まで力を振り絞り、笑顔とありがとうを伝えて続けてくれた義父・・・
4年4ヶ月と短い間でしたが、義父に出会い、娘になれたことを誇りに思うと同時に、
また感謝の気持ちで一杯です。
こちらこそ本当にありがとう