陳氏太極拳、と、そんな生活
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あんこくじ壱級
中国で武術として太極拳をやってる私、太極拳を通して生活を組み立ててます・・・・練習練習。
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しばらくのあいだ、 1,私のざっくりの足跡 2,現地で習うと凄くなるか? 3,時間と空間と現在と(陳氏太極拳の場合)その後の指導は違うについて 4,傳人は自治会の役員とか組長みたい 5,言葉の問題と時間の問題、それを繋げたい思い 6,時間による関係づくりについて、更に継続性について 7、仕組みと願いについて 8、すそのについて いずれもっと詳しく書籍に描き起します。 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ いぇい! 自己紹介、私は陳氏太極拳第十一代傳人、塚本博信! 18年の修行の後、日本に帰国、武術歴24年。 その前の日本武道で通算すると、38年Da--- 。。。。。アレ? さてと本筋です。 私の場合、だから何なのです。特に、陳氏太極拳傳人について。 見誤られると結構困る。 癌になって、胃の殆どを切除、転移による発症と再発の可能性があり、かつて鍛えていた全てがマイナスから振り切ったのです。 3年の生存確率5%以下。 !!!!! ですが、私は 「これはネタになる」 と思ったのですね。 3年と一日生きていたら俺の勝ちだな。 で、学生時代から準備していた中国で起業の流れが途絶えたので、更に第二案であった現地での就職、たまたま誘いがあったので、それで洛陽へ。 本筋、ここまでに「陳氏太極拳」は出てきません。 師父の家に辿り着くまで赴任から約3か月。 その時も漫画で読んだノリと、有名な先生いないかな? と言ういい加減なモノです。 師娘との出会いはこのブログの最初の方にあると思います。 相当にユルイ感じで出会い、何となく初めて今に至ります。 ぜんぜん、強い決意がここには含まれていなくて、なんとなく、なんとなく、みんなで一緒にいるうちに。 傳人も三回断っています。面倒に巻き込まれたくないし、日本人なので。 ですが、兄弟子達の 「お前は飛び級だけど、お前が断るなら俺達も断る」 と言う説得で泣く泣く。 仮免傳人としてスタートして、数年後、師父が本来の流れに「出戻り」となってまさかの代上げです。 名門王雁一門との関係スタート。 努力とか才能とか全く関係なし。 強い意志、執念、無し。 続けていた事、仲良くしていた事。 ただ、辛い事や悔しい事から目を背けなかった事。 誰よりも率先して泥をかぶりに行った事。 この辺が、本家からの評価につながっているとは何となく感じます。 ここに至るまでに洛陽での太極拳開始から15年。 更に様々な事に直面します。 続く。 ところで最後の写真ですが、これは自慢できちゃう。 親戚筋で末席で日本人の私がセンター。 撮影の時に 私「大師伯、みんなでガッツポーズの写真撮りません?」 大「いいねぇ」 高弟A「そうだな、塚ちゃん前いけよ」 大「いいねぇ」 私「ムリムリムリ、師父達が知ったらスッゴイ怒られるよ!」 大「私が良いと言ってるのだ!」 高弟B「塚ちゃん早行けよ!」 友人達「根性無しッ!」 と言うやり取りの後の写真です。 コロナの頃に王長江師伯は亡くなりました。 泣きました。怖くて、友人達にも奥様にもお電話できなかった。 師父は兄弟分がいなくなり、葬儀の為の移動も出来ず、一週間誰とも口をきかず、その後もずっと。。。。 だったそうです。 傳人になると偉くなる? んな事あるわけ無いジャン。 絆の確認と責任、町内の役員とか組長さんみたいな。 元々がそんな感じ。特に仲良し。そこでの立場は変わらないのです。 続く!
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