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June 25, 2006
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カテゴリ:カンフー映画
ハイスパート・カンフーと映画の「魔界」
 ラスト近く、リャン対倉田のハイスパート・カンフーが繰り広げられる。この対決は、二人の最盛期に行われた、掛け値なしの名勝負である。好敵手同士、お互いの力と技がかみあって、躍動感あふれる、見事な攻防を見せてくれる。
 上映時間は103分。リャンと倉田の一騎討ちは、7分間である。7分間休みなく格闘が続くが、対決場面はここだけだ。もっと長く、何度も見たい気もするが、「ここだけ」だから一気にスパークしているし、ありがたみもあるといえる。
 103分から7分を引き算すると、残りは96分。7分間の格闘は、エキスパートの技術を見て畏敬の念を抱く時間である。あとの96分間は、映画に存在する「魔界」に引きずり込まれる。7分間のバトルも、96分の「魔界」も、両方とも、現実を超えた世界を見せてくれる。

この対決を見よ
 「7分間のカンフーが名勝負であろうと、それがどうした」といわれたら、文句はいえない。
 人には好きずきがある。格闘技で血が騒ぐ人がいれば、毛皮で覆われているにもかかわらず、ペットの犬に洋服を着せている人もいる。犬にとってはありがた迷惑じゃないのか、といったところで、通じない。犬の方も、次第に慣れるところが恐ろしい。事程左様に、趣味を強制することはできない。多分、多くの人は、「7分間の秀逸なカンフーバトル」のために103分の映画を見ることはないだろう。
 残念に思う。例え魔界の96分間が、ストレスの塊だったとしても、ハイスパート・カンフー対決が出現したときは、汗をかきながら登山道を進み、ようやく頂上に立ったときのように爽快!なのに。

香港映画には台本がない
 映画の中に魔界を出現させるのは、当時の香港映画界には、台本がなかったことが一因だと考えられる。もし、台本を作ったら、すぐに盗まれ、本物より速く偽物が完成してしまったらしい。
 台本がない。そのために、スタッフやキャストが映画について共通理解することは不可能だ。勢い監督の指示に従うしかない。
 監督は「ドラゴン世界を征く」をつくるにあたって、頭の中に、リャンと倉田の対決シーンのイメージが明確にあったはずだ。その他には、イタリア、マフィアなどの題材の断片もあっただろう。けれど、監督自身だって、台本がなければ、一貫した見通しをもつことはできない。映画の撮影は、多分、閃きや思いつきによるところが多かったんじゃないか。だから、「魔界」だらけになったのだろう。  
 
ヒーローは守銭奴
 主人公を演じるブルース・リャンは、第二のブルース・リーといわれた人物のうちの一人だ。リャンは、香港でマフィアの殺し屋からインターポールを救う。以後リャンは、殺し屋の威厳を傷つけたこと、マフィアの失地回復のために、命を狙われる立場に回る。
リャンは、役の上でも映画スターである。ロケでローマを訪れ、現地在住の兄の家に泊まる。翌朝、リャンが目覚めると、兄が殺されている。自分と間違えて、兄が殺されたとわかり、怒りに燃えるリャン。
 彼は、その直後に、警察にも、葬儀屋に行かず、保険会社へ出向く。「どこも断わられたけど、あの会社だけは保険に加入させてくれたよ」って、兄貴が殺されたから、急いで保険に入ったのか?弟は、金の心配をして、検視も葬儀もなしで、兄貴の遺体を放置しているとしているのか?だとしたら、気の毒だ。
 ところでリャンがローマにやってきた理由は、マフィアのボスによる「最高のギャラ(映画の出演料)を払うといって、呼び寄せろ」との策略にのったものだった。なんだか、リャンは計算高いキャラクターのように思える。ヒーローの金銭感覚がしっかりしていると、せこい感じがしてしまう。

ヒーローは神出鬼没
 閃きや思いつきなどというと、その場しのぎであっちへ行ったり、こっちへ来たりすることが往々にしてある。けれど、この作品にはぶれない軸もきっちりとある。いかにブルース・リャンをカッコいいヒーローとして撮るか、どうやってハラハラ、ドキドキの場面や予期せぬ展開をつくるか、といったことについては、いささかも姿勢を崩していない。ただ、ワンシーンごとにブルース・リャンを、思いっきりカッコよく撮ろうとしているので、そのシーンを並べると、魔界が生じる。
 保険会社の女性社員アイビーは、ブルース・リャンの身を案じて、香港に帰るように諭す。彼女の勧めに従い空港の登場口へ消えるブルース・リャン。リャンを見送ったアイビーが、空港から一人車を走らせていると、マフィア一味の追撃を受ける。車を降ろされ、マフィアに拳銃を突き付けられるアイビー。「リャンはどこだ」「今頃、飛行機の中よ」。そのやり取りを聞いて、車からさらに巨漢がのっそり登場してアイビーを襲う。
 マフィアさんたちが狙っているのはリャンでしょう。リャンが香港に帰っちゃったとわかってから、保険屋のアイビーを痛めつけてもメリットはないじゃないか。どうもこのマフィアは、自分の仕事がわかってないようだ。だれでもしばけばいいというものじゃない。
 いずれにしも、とにもかくにも、アイビーは絶体絶命の危機に陥る。突如姿を現すブルース・リャン。颯爽、ヒーローの登場だ。あれ、リャンは、さんざん説得されて、納得して香港へ帰ったはずだ。なんで、そこにいるんだ。そして、なぜアイビーの居場所がわかったのか。疑問噴出。
 リャンは、お約束通り、マフィア連中をカンフーで一掃する。八面六臂の大活躍だ。闘い終わって、彼の口から出たのは「飛行機に乗り遅れた」。ヒーローは、飛行機に乗るのには妙に手間取るが、ヒロインのピンチには、絶妙のタイミングで現れます。

ハイスパート・バトルのシーンにも 
 こうした数々の魔界シーンを積み重ねて、いよいよリャン対倉田の対決になだれ込む。ハイスパート・カンフーとは、走りまくり、立ち止まって格闘し、また激走しては格闘する。ローマの名所を舞台に、見事なハイ・キックや回し蹴りが火花を散らす。激闘シーンのその脇を、ローマの一般市民の皆さんが、何ごともないかのように歩いていく。
 おい、カメラマン、通行人を写すなよ。普通撮影中は、「すみませーん。すぐ終わりますから」とかいって、交通を遮断するだろう。なんかジャン=リュック・ゴダールの映画みたいだ。ゴダールは意図的に日常と非日常を同一場面に収めたけれど、こちらは単に町中で、無許可の撮影を行ったとのこと。先のアイビー救出の場面も、撮影を見る野次馬が取り囲んでいた。そんな中で、あれだけの格闘シーンを演じるのだから、ますますすごいぞ、リャンに倉田!
 二人は、とにかくローマ市街をひたすら走って闘い、闘って走る。気がついたらあたりは雪景色だ。走り抜いたぞ、都会から雪山へ。しかも、息も切らさず、汗もかいていない。格闘技よりも、本気でマラソン競技に挑戦したらいい記録が出るって、そんなことはない。

思考はグルグルと回る
 魔界シーンについては、できる限り合理的な説明を考えてみている。
リャンは、一度は香港に帰る決心をしたが、アイビーと離れ難くて飛行機に乗らずに戻ってきて、アイビーの車をタクシーで追いかけたので、マフィアの襲撃場面に駆けつけることができた、とか。
 さらに、制作側の意図にそった説明も試みてみる。
 雪山の対決場面は、様々な背景の中で、迫力あるハイスパート・バトルを撮りたかった、結果的に、ローマ市街から突然ワープしてきたように見えても、などと。
けれど、全編を通して見ていくと、まだまだ仮説検証できない。そのため、「7分間の秀逸なカンフーバトル」とともに、この映画は、脳みそに張り付いてはがれなくなってしまった。
 そんな現実離れした映像が嬉しい。犬に洋服を着せるような、物好きの嗜好だといわれようとも。(犬の洋服は、もう見慣れた風景なのかもしれない)





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Last updated  June 25, 2006 08:04:38 AM
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