|
カテゴリ:音楽
去るもの日々に疎し。今年はグスタフ・レオンハルトの没後10年ということで、その命日直前の1月10日の週に放送された朝古楽は、MCの藤原一弘さんによる企画で、レオンハルトの活動の軌跡をCD録音で振り返るというものでした。
レオンハルトの活躍については、彼と師弟関係を結んだ大勢の演奏家達が折に触れて断片的に伝えている記事、あるいはインタビューのそれを読んだことはあるものの、あまりまとまった伝記のようなものは目にしたことがありません。 没後10年というのは、関係者の記憶を辿る上で遅過ぎもせず、かつまた適当な距離を置いて語れるという点で、故人を振り返るよいタイミングのようにも思われます。特に、藤原氏は番組の冒頭で、レオンハルトの演奏が「私の人生を根底から変えるほどの大きな影響を与えた」と告白しており、その点にも大いに興味が湧きます。 そこで、例によって番組ナレーションを音声認識ソフトBlackHoleで文字起こししたものを以下にアップします。(ただし、時間と長さの関係で今日は初日の分のみ。続きはいずれまた後ほど。) * * * * 古楽の楽しみ ▽グスタフ・レオンハルトの軌跡(1) [ご案内:藤原一弘/今週は、グスタフ・レオンハルトの幅広い活躍の一端をご紹介します。1日目は、イングランドとイタリアの音楽をお送りします。] 古楽界の巨匠、 グスタフ・レオンハルトが2012年1月16日に世を去ってから今年で10年になります。そこでオランダの鍵盤楽器奏者・指揮者として活躍したレオンハルトの実に幅広い活動の中から、古楽界全体、そして私の人生を根底から変えるほどの大きな影響を与えた演奏を選んでお届けします。本日はレオハルトによるイングランドとイタリアの音楽をお聴きいただきます。 まず、イングランドにおける鍵盤楽器の総称であるヴァージナルの音楽から一曲、ウィリアム・バード作曲「ネヴェル夫人のグラウンド」です。グラウンドは繰り返される数小節の低音旋律上に繰り広げられる変奏曲ですが、この曲の低音主題は例外的に20小節を超える長さのため、主題を聴き取ることは難しいでしょう。まだ十代のレディ・ネヴェルに献呈された豪華な曲集の冒頭に収められた堂々たる作品です。ではお聞きください。ウィリアム・バード作曲、「ネヴェル夫人のグラウンド」、チェンバロ演奏はグスタフ・レオンハルト、 1992年の録音です。 グスタフ・レオンハルトは1928年オランダ、ユトレヒトの北方ス・フラーフェラントに生まれました。生家は貴族の血を引く裕福な実業家の家庭で、彼の代までは貴族となります。音楽好きの両親は、毎晩ベートーヴェンとブラームスの室内楽を演奏し、時にはテレマンとバッハを演奏することもあったため、小型のチェンバロ、スピネットが購入されました。まだ歴史的な製作法を踏まえたチェンバロ製作は行われておらず、いわゆるモダンチェンバロでした。レオンハルトも、通奏低音のパートを自発的にではなく、両親に促されて弾かされており、しかも即興演奏ではなく書かれた右手パートの演奏であり、まだチェンバロに特別な関心を寄せてはいませんでした。しかし、第二次大戦でドイツに占領され、学校が閉鎖されていた1年間、彼は徹底的にチェンバロを自ら調整・調律・演奏し、またバッハのカンタータ演奏に合唱で参加し、チェンバロとバッハの音楽に魅了されたそうです。 ここでもう一曲、名高いリュート奏者ジョン・ダウランドの歌曲「彼女は許してくれようか」を鍵盤用に編曲した作品をお聞きください。作者不詳またはウィリアム・ランドル作曲ガイヤルド「彼女は許してくれようか」、チェンバロ演奏は グスタフ・レオンハルト、 1966年の見事な録音です。 演奏家になる決意をしたレオンハルトは、戦後間もない1947年当時、古楽を真剣に学べる唯一の場であったスイスのバーゼル、スコラ・カントルムに留学し、エドワルド・ミュラーにオルガンとチェンバロを師事します。50年に最高栄誉賞を受け卒業、ウィーンでチェンバロのリサイタルを行います。両親の勧めに従い、ウィーンで指揮を1年間学びますが、この時期の大きな収穫は、音楽学の学びと毎日図書館へ通いオリジナルの資料からフローベルガーの作品などを貪欲に筆写したことでした。自ら書き写した楽譜は、彼が生涯にわたり演奏で使用し続けることになる貴重なものです。この時期から録音を開始しますが、この頃の録音は全てモダンチェンバロによる演奏です。ではもう1曲お聴きください。オーランド・ギボンズ作曲、ニ調のファンタジア、これは1640年にヨハネス・ルッカースが製作したオリジナルのチェンバロを用いた1968年の録音、演奏はグスタフ・レオンハルトです。 このチェンバロは実に美しい音色を聴かせる貴重な楽器でしたが、拙い修復作業によりその輝きは永遠に失われてしまいました。レオンハルトも「あれは全く必要のない修復だった」と非常に強い語調で語っていたのを覚えています。 ここまで17世紀初頭の作品をお聴きいただきました。1960年代にレオンハルトがヴァージナル音楽の演奏を積極的に行うまで、これらの作品は魅力のない、単なる歴史上の記録として扱われるのが常でしたが、レオンハルトという傑出した演奏家により、こんにちでは鍵盤音楽史上の一つの頂点とみなされています。 今日は古楽界の巨匠、グスタフ・レオンハルトの演奏をお届けしています。 続いて、17世紀後半のイングランド音楽を代表する作曲家、ヘンリー・パーセルの作品をお聴きいただきましょう。まずダブル・オルガンのためのヴォランタリーです。 ダブル・ オルガンとは、17世紀イングランドに現れた二段鍵盤を備えたオルガン、ヴォランタリーとは英国国教会の礼拝で演奏されるオルガン曲のことです。パーセルのオルガン音楽はごくわずかしかありませんが、この曲はフランス風の複雑な装飾を予想もしないきしむような不協和音によって最も印象的な作品です。 もう一曲、1692年に書かれたメアリー女王の誕生日のためのオード「愛の女神は誠に盲目であった」から二重唱「女王陛下がかくもめでたき日々を」をお聴きいただきます。わずか2小節の低音主題が繰り返されるグラウンド風の作品ですが、甘さと苦さが絶妙な配分で混ぜられた、パーセル独特の節度ある傑作です。歌が終わった後に入るオーケストラによる充実した構想は、パーセルのアリアの大きな特徴です。指揮者としてのレオハルトの活動は決して数が多いとは言えないものの、楽譜から音楽を把握するその類まれな力ゆえ、彼の指揮する演奏がある曲の最上の演奏であることもしばしばです。ではお聞きください。ヘンリー・パーセル作曲、ダブル・オルガンのためのヴォランタリー、1994年の録音、演奏はグスタフ・レオンハルト、続いてパーセル作曲「女王陛下がかくもめでたき日々を」、演奏はカウンターテナー、ジェームズ・ボーマン、クリストファー・ロブソン、エイジオブエンライトメント管弦楽団、指揮グスタフ・レオンハルト、 1991年の録音です。 1952年から3年間、ウィーン音楽アカデミーで54年からはアムステルダム音楽院でチェンバロ科教授を務めます。こうして彼の下で学んだ弟子たちから、優れたチェンバリストたちが生まれていきます。60年代からレオンハルトはモダンチェンバロではなくオリジナル楽器、あるいはそのレプリカで演奏するようになります。彼の演奏における最大の転機と言えるでしょう。 ではここからは、イタリアの音楽に移りましょう。イタリア初期バロックの鍵盤音楽における巨匠、ジローラモ・フレスコバルディの作品を3曲続けて聞いていただきます。まず、1615年に出版された後、ヨーロッパ全土の鍵盤音楽に影響を与えたトッカータ集第1巻から、トッカータ第7番、曲に込められたアフェクト、情念に従いテンポを変化させる奔放な幻想様式による作品です。続いて同じく1615年出版のリチェルカーレとカンツォーナ・フランチェーゼ集から、4つの主題によるリチェルカーレ、これはルネサンスの声楽ポリフォニーの流れをくむ厳格な対位法による静謐な作品で、終始インテンポで演奏されます。最後に4つの主題が4声部に同時に現れます。3曲めは1635年出版の典礼用オルガン曲集「音楽の花束」から「聖体奉挙のためのトッカータ」です。ではお聞きください。ジローラモ・フレスコバルディ作曲、1990年録音のトッカータ第7番、4つの主題によるリチェルカーレ、そして1970年録音の「聖体奉挙のためのトッカータ」、演奏はグスタフ・レオンハルトです。 本日最後にお聴きいただくのは、イタリア初期バロックの声楽における天才、クラウディオ・モンテヴェルディが1641年に出版した教会音楽集、「倫理的・宗教的な森」から「主は言われた」です。これは聖務日課の一つ、晩課で歌われる詩篇で、声楽と器楽、ソリストとトゥッティなど、様々な対比的要素を際立たせたコンチェルタート様式による輝かしい作品です。ではお聞きいただきましょう。クラウディオ・モンテヴェルディ作曲「主は言われた」、演奏はオランダ室内合唱団、アムステルダム・モンテヴェルディアンサンブル、指揮 グスタフ・レオンハルトです。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
February 6, 2022 10:01:22 PM
コメント(0) | コメントを書く
[音楽] カテゴリの最新記事
|