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カテゴリ:音楽
先日に引き続き、藤原一弘さんによる「古楽の楽しみ」レオンハルト没後10周年に因んだ企画の第4回放送分を文字起こししましたので、以下にアップします。
* * * * * 古楽の楽しみ ▽グスタフ・レオンハルトの軌跡(4) [ご案内:藤原一弘/レオンハルトによるバッハや長男ウィルヘルム・フリーデマン・バッハの作品をお送りします。] …グスタフ・レオンハルトの軌跡と題して、彼の幅広い活動の中から、今日はバッハの音楽を中心にご紹介してまいります。ご案内は藤原一弘です。 * * * * * レオンハルトがモダンチェンバロの演奏を止め、17世紀から18世紀に製作されたオリジナルの楽器、ないしはそのレプリカで演奏するようになった、1960年代の活動の中でも、ひときわ目を引くのが、ジャン・マリー・ストローブとダニエル・ユイレによる映画「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」で主役のバッハを演じたことでしょう。なぜ演奏家が映画に、と訝る方もいらっしゃるかもしれません。これは決してバッハの伝記映画ではなく、ひたすらレオンハルトや彼の弟子たちが演奏を繰り広げる、いわば60年代後半の古楽演奏をライブ撮影で記録したドキュメンタリーとも言える映画です。 ストローブの台本には、彼が選んだバッハの作品の何小節から何小節まで、と克明に記されており、彼のバッハの音楽への理解の深さ、そしてバッハの音楽そのものが主役として扱われていたことから、レオンハルトも出演に同意しました。彼は、普段通りに仲間達と演奏しただけ、と述べていますが、普段と異なるのは唯一、衣装とカツラをつけていたことでした。では、映画が公開された時期の演奏をお聴きいただきましょう。ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲、平均律クラヴィア曲集第2巻から、前奏曲とフーガ第5番ニ長調、バッハ作品番号874と、前奏曲とフーガ第16番ト短調、バッハ作品番号885、演奏はグスタフ・レオンハルト、ドイツの名工マルティン・スコヴロ ネックが製作したドゥルケン・モデルのチェンバロによる、1967年の録音です。 * * * * * 付点のリズムを、鋭く複付点にする、という古楽特有の演奏スタイルを打ち出そうとする姿勢が鮮明に現れた時期の演奏でした。 次に、今聴いていただいた録音から、およそ10年後の演奏をお聴きいただきましょう。クリスティアン・ツェルが、1728年にハンブルクで製作し、スコヴロネックが修復したオリジナルのチェンバロで演奏されています。ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲、リュート組曲ト短調バッハ作品番号995、これをレオンハルトがチェンバロのために編曲した組曲ハ短調から、前奏曲、そしてガボットIとII、演奏はグスタフ・レオンハルト、1979年の録音です。 * * * * * 平均律クラヴィア曲集で用いられた、18世紀中葉フレミッシュ・タイプのドゥルケンのレプリカと、18世紀前半のジャーマン・タイプのツェルのオリジナル楽器の音色の差もさることながら、より自由で奔放さを増したレオンハルトの演奏スタイルの違いにも驚かされます。しかし、加速度を感じさせるような急速なテンションの高まり、緊張感がみなぎるとともに疼くような苦味走った不協和音への偏愛は、生涯変わることなくレオンハルトの演奏を貫いています。 次にお聴きいただくのは、大曲マタイ受難曲から第49曲のアリア、「愛によってわが主は死のうとされている」です。イエスが自ら死のうとするのは、罪ある人間を永遠の劫罰から救うため、人間への愛ゆえなのだ、と受難曲の中心となるメッセージを歌うアリアですが、通例は名のあるソプラノ歌手を招くところ、レオンハルトはテルツ少年合唱団のボーイソプラノに歌わせます。オリジナル楽器や忠実なレプリカを用いながら、ソプラノ声部だけは女性歌手を使うという多くの古楽演奏とは一線を画する演奏です。ではお聴きください。ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲、マタイ受難曲、バッハ作品番号244から第49曲、アリア「愛 によってわが主は死のうとされている」、演奏はボーイソプラノ、クリスティアン・フリークナー、 ラ・プティット・バンド、指揮グスタフ・レオンハルト、1989年の録音です。 * * * * * ではもう一曲、受難にまつわるバッハの作品で、オルガン小曲集から「おお、罪なき神の子羊」をお聴きいただきましょう。この曲集は、ワイマール時代に、バッハが次の働き場所を求めて、コラールに基づいたオルガン曲を書く自らの能力のプレゼンテーションとして書いたと考えられています。 「おお、罪なき神の子羊」は、同名のコラール旋律が、ペダルのバスと内声のアルトで5度のカノンとして演奏され、一方、ソプラノとテノールには、スラーで結ばれた2度の進行、いわゆるため息のモチーフが一貫して現れます。これからお聴きいただく録音では、アムステルダムのエグリーズ・ワロンヌ、またはヴァールセケルク、フランス改革派教会にある、クリスティアン・ミュラーが1733年から34年にかけて制作したオルガンで演奏されています。このオルガンは、19世紀に多くの手が加えられ、60年代初頭まで酷い状態にあったため、オリジナルに近い状態への修復を条件に、レオハルトはこの教会のオルガニスト職を承諾したそうです。ではお聴きください。ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲、オルガン小曲集から、コラール前奏曲「おお、罪なき神の子羊」、バッハ作品番号618、演奏はグスタフ・レオンハルト、1972年の録音です。 * * * * * バロック期オランダのオルガンの特徴であった、プリンシパルのパイプが2列セットとなったダブル・プリンシパルの美しい音色がとりわけ印象的でした。 ではここで1曲、バッハの長男、ヴィルヘルム・フリーデマンの作品をお聴きいただきましょう。 バッハのような偉大な音楽家を父に持ったためかどうかはわかりませんが、フリーデマンは才能がありながら、放埒な生活を送ったため、父バッハが息子を案ずるが故の心痛を切々と吐露した手紙が残されています。人生の黄昏を思わせる、絶望的に暗い曲が多いフリーデマンの12のポロネーズは、彼が50代半ばで定職を失った直後の、1765年頃作曲されましたが、この後20年間、彼は定職につくことなく世を去ります。ではお聴きください。ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ作曲、12のポロネーズから、ポロネーズヘ短調、演奏はクラヴィコード、 グスタフ・レオンハルト、1988年の録音です。 * * * * * 暗い情念表現の名手としての面目躍如たるレオンハルトの演奏でした。 本日最後にお聴きいただくのは、再びヨハン・セバスティアン・バッハによる作品、「半音階的幻想曲とフーガ」ニ短調です。オルガンのためのト短調の幻想曲とともに、バッハの鍵盤音楽の中でも最も大胆、且つ自由激烈な表現を持った作品として広く知られています。 最も古い筆写譜は、1710年代中頃まで遡りますが、今日に伝えられた形にいつ頃整えられたのかは不明です。中でも幻想曲は、バッハが即興演奏すればこんな風だったのだろう、と想像させるような自由な作風で、レオンハルトの演奏も、アルペジオを弾く緩急の変化により、ある時は鋭く、ある時はそれまでの緊張感を一気に弛緩させる、というチェンバロのダイナミックな表現方が徹底的に用いられています。また、強拍における不協和音を弱拍で解決させるための、スラーによる絶妙なディミヌエンドの効果、時には全声部同時ではなく、旋律を担う声部はあくまでカンタービレな奏法を保ちつつ、内声のみディミヌエンドの効果が出るように演奏するなど、チェンバロ演奏の豊かな表現に慣れた耳には、実に無限とも思えるタッチによるグラデーションを聴くことができます。 フーガもまた破格の強さを見せる例外的な作品です。ここでは、主題が最初に1声部のみで提示される際の、推進力を感じさせる奏法にご注目ください。チェンバロ演奏の基本である、タッチとアーティキュレーションにより、一本のメロディーを真に生き生きと表現する名手レオンハルトの技を是非感じ取っていただけたらと思います。ではお聴きいただきましょう。ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲、「半音階的幻想曲とフーガ」ニ短調、バッハ作品番号903、クリスティアン・ツエルのオリジナル楽器によるグスタフ・レオンハルトの演奏、1977年の録音です。 * * * * * リコーダーの名手、フランス・ブリュッヘンがかつて語ったという「レオンハルトはバッハだ」という言葉がまさに実感される、あたかもレオンハルト自身が作曲したかのような演奏でした。レオンハルトによるバッハと長男ヴィルヘルム・フリーデマンの音楽、いかがだったでしょうか。明日もバッハの音楽を中心にお届けします。それでは皆様、どうぞよい1日をお過ごしください。ご案内は藤原一弘でした。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
August 4, 2024 10:06:03 AM
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