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カテゴリ:音楽
先週の小旅行中、移動時間に「古楽の終焉」(B. ヘインズ著、アルテスパブリッシング)を読んでいたところ、第8章「過去をコピーするさまざまな方法」の途中で、エジソンの蓄音機以前にも演奏の正確な記録があることに触れられている一節に遭遇し、大いに興味をそそられることに。以下にその部分を引用しましょう。
…混じり気のない歴史的響きに何とか到達することにかんしては、18世紀以前からの演奏を正確に残した、「自動演奏の楽器」というかたちで、オリジナル録音が現存している。そうした楽器にはヘンデル、エマニュアル・バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートヴェンらの作品の、当時の演奏が記録されている。デイヴィッド・フラーが書いているように、それらは「過去に残された本物の録音であり、18世紀以降の演奏アイディアからは何も影響を受けていない」。自動演奏の楽器は、17世紀初期にはきわめて高い精度に達していた。そうした楽器は、演奏史上最も微妙で意見の分かれる謎のいくつか—例えばテンポ、アーティキュレーション、装飾、ノート・イネガル(リズム、不均等さ)、その他のリズムの変更、それにルバートは言うまでもない—を解く鍵となる貴重な情報をとどめている。その大部分はこれまで顧みられることはなかった。「自動演奏に隠されているデータがすべて登場すると、教則本が書き換えられなくてはならなくなる」と、フラーは言っている。 これに続く文章でヘインズ氏は、18世紀にアングラメル神父(M.-D. J. Engramelle)が開発し、その著作「トノテクニー」(1775)の中で解説されている非常に精密な自動演奏の楽器(バレルオルガンというものらしく、鍵盤の上下をシリンダー上にあるピンで制御するらしい)について紹介し、それによるC. バルバトルの「ロマンス」という作品のコンピュータによる復元演奏を音源サンプルとして引用しています。さっそくググってみると、YouTubeの動画としてそれらしいものがアップされているのを発見。以下にリンクしておきます。 アングラメルが作成したチャート図(動画中にも出てきます)からは「…どのテンポも驚くほど流動的である。エンディングははっきりと遅くなる。ノート・イネガルの不均等性は、3対1から9対7と比率に幅がある。スタッカートはレガートに優先する。スタッカートは微妙にかつ、段階的に変化を見せる(が、通常は極端に短い)、レガートにも同様の微かな変化が見られる。装飾音は短く、常に拍上に来る。トリルは同じ速さでは動かない。」といった情報が引き出されており、当時の演奏習慣を垣間見ることができます。 もう一つの例として亭主がネット上で掘り出したのがオランダのSpeelklokmuseum(オルゴール時計博物館?)に所蔵されている自動演奏オルガン。これも18世紀の終わりに作られたもので、やはりシリンダーに打たれたピンで演奏する仕掛けですが、組み込まれた作品はハイドンの作品で、彼の監修の下で製作されたようです。その辺の経緯を詳しく紹介したfacebook上の動画(YouTube動画の元ネタ、自動オルガンを復元・演奏可能にしたキュレーター氏のもの?)によると、完成した装置の演奏をハイドン自身が確認し、自分の思い通りになっていると太鼓判を押したという話のようです。(キュレーター氏によると、シリンダーの回転速度については必ずしも確信が持てないとのことで、これはテンポの問題が残っているということかも。) ちなみに、この動画を再生後しばらく放置していると、関連する動画としてショパン自身の「幻想即興曲」の演奏を収めたバレルオルガンによる自動演奏が流れ始めました。これがまた意外なテンポの取り方をしていて結構面白く、ここで明らかになる「作曲者本人の意図」を現在の演奏家がどう思うのか、興味津々というところです。 もちろん、現代のピアニストはショパン自身ではありえず、ショパンの演奏を真似することにどれほどの意味があるのかはまた別の問題です。 クラシック音楽界では、おそらくショパン自身によるショパン作品の演奏となれば、演奏の「規範」として大きな意味を持つでしょう。一方、ヘインズ氏の思い描く「歴史知識に基づく演奏」とは、大雑把に言えば作品と同時代の「スタイル」を真似るということであり、作曲家自身をコピーすることではない、と述べています。両者の立場の違いは非常に大きく、ほぼ相容れないといってよいでしょう。 それにしても、18世紀の機械仕掛け、なかなか侮れないものです。まだまだお宝演奏がどこかの博物館にたくさん眠っているとすると、今後古楽界にも大きなインパクトがあるかも。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
July 10, 2022 10:00:59 PM
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