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カテゴリ:音楽
先週オンエアされた「クラシックTV」による表題の番組、やはり気になって見てしまいました。前口上に「これを見れば『クラシックって何?』がザックリわかっちゃう!」とあるように、番組では音楽の先生役のMC(清塚信也氏)が、ターゲットにしている「クラシック音楽に馴染みがない視聴者」にクラシック音楽とは何かを分かりやすく解説する、というものです。
とはいえ、「分かりやすさ」というのは常に「粗雑さ」と紙一重。平易さと引き換えに重要な細部が省略された結果、時に誤解を広めてしまうこともあるので注意する必要があります。実際この番組、ひねた亭主から見ると色々とツッコミどころがありました。 まず、お題の中にある「リレー」という言葉、これは要するに「伝統」という意味で、言葉そものものを置き換えて「クラシックは伝統だ!」と言っているのと同じに聞こえます。もちろんこれ自体に間違いはありませんが、伝統というものは(その長短を問わなければ)どのジャンルの音楽も持っているもの。これだけでクラシック音楽と他ジャンルを区別するのは、かなり無理があります。 実際、当番組のMCも、最後には「ビートルズでも何でも広く愛される名曲はクラシック音楽という『箱』に入れられる」ので、クラシック音楽の定義は「ない!」と宣言。ある種のちゃぶ台返しで視聴者を煙に巻いてしまいます。 ここでMCが言うところの「名曲を集めた箱」とは、「古楽の終焉」の著者ヘインズ先生がいうところの「正典(カノン)」に対応し、「演奏専門」の音楽家が「繰り返し演奏する価値がある」と認められる楽曲のパッケージ(=レパートリー)を指します。そして、このように「名曲」とそれ以外の音楽(機会音楽や即興音楽)を区別し、前者を「芸術作品」として特別扱いするのがクラシック音楽です。(ヘインズ先生はこれをクラシック音楽に特有の「正典主義」と呼んでいます。) 以上の点を考えると、MCがこの文脈でビートルズの音楽を引き合いに出すのは、問題をあいまいにし、誤解を招くとも言えます。なぜなら、上記のような名曲の定義を文字通りに当てはめれば、ビートルズの作品を演奏するカバーバンド(=演奏専門の音楽家)もクラシックの音楽家と同じように評価されるべき、ということになります。が、現実にはもちろんそんなことはなく、彼らは単にビートルズのモノマネをしているだけ、と見られています。 従って、むしろここで強調されるべきだったのは、作曲家のみならず「演奏の専門家」が音楽家と認められている(偉そうにしている?)のがクラシック音楽」という点でしょう。 さて、話を「リレー(伝統)」に戻すと、MCは例によってクラシック音楽のバトンを持った「第一走者」としてJ.S. バッハを登場させ、またも「音楽の父」という尊称を使いました。で、今度はその理由をどう説明するのかと聞き耳を立てていると、どうやら「楽譜というものを使って音楽を作る基礎を最初に確立したから」という風な内容。一応「彼一人じゃなく、複数の人が関わった」と留保はつけたものの、TV画面には五線譜上に全音符を書いたパネルが登場し、四分音符4つで全音1つといった説明が続きます。これを聞いていると、あたかもバッハが近代的な記譜法の創始者であるかのように受け取れますが、もちろんそんなことはなく、記譜法の原型を発明したのは11世紀に活躍した音楽教師グイード・ダレッツォです。(このような誤解を招く解説、編集段階で問題にならなかったのだろうかと訝るところです。) MCの趣旨をあえて忖度すれば、「紙(楽譜)の上で設計する音楽」という意味でのクラシック音楽の起源は、調性音楽や和声などの確立と共に後期バロック音楽あたりにあるかも、ということだと思われます。バッハの肖像画に6声の三重カノンの楽譜が描かれていることは、彼の音楽におけるそのような一面の象徴と言えるかもしれません。(ただしあくまで一面であって、全てではないことも確かです。) それにしても、最後には「クラシック音楽の定義は『ない!』と言いながらも、その元祖にバッハを持ってくることにこだわっている様子は何とも不可思議。いっそのこと「楽聖」ベートーヴェンを「クラシック音楽の父」にすればこの業界もスッキリするのではないでしょうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
November 14, 2022 07:42:17 AM
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