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カテゴリ:音楽
亭主が持っている楽譜の中には、40年以上前の学生時代に購入した年代物が少なくありません。バッハの「6つのパルティータ」もそのひとつ。当時は新しかったベーレンライター版(1976、ライセンスによる全音の日本語版)ですが、背の部分がヨレていてページも茶褐色に変色していることもあり、買い替えることに。今回は同じ熊印でもドイツ本国版で、1997年の新バッハ全集補遺の出版を受けての改訂新版(2008)です。ネット通販でいろいろ見比べながら、運指が記されている版を購入。ざっと通して音にした限りでは、古い版との差異は気づかずじまいでした。
ところで、ネット通販で楽譜を漁っているうちにふと念頭に浮かんだのが表題の曲です。このバッハ最晩年の作と言われる作品、やはり学生時代にリヒターらの演奏(1963年の録音)をLP盤で聴き、LPが聴けなくなってからは同じ録音をCD(1996年)で買い直しています。その後はたまにハープシコードによる演奏を耳にするたびに気になっていものの、そもそも鍵盤楽器用の楽譜があるのかどうかすら分からず、いつの間にか沙汰止みになっていました。「パルティータ」のついでに検索をかけてみると、やはり熊印で鍵盤用の楽譜があることを発見。思い立ったところで、ついでにこちらもネット通販で首尾よく落手。先週末以来、譜面台に乗せては呻吟中といったところです。 この作品、「フーガの技法」とともにバッハ晩年を代表する作品とされていますが、こちらは作曲年代も正確には不明(1742年ごろから作曲され始めた?)で、最終的には未完成に終わったことから、「音楽の捧げもの」はバッハが生前に完成、印刷出版した最後の曲とされています。 (もう一つの最晩年の作品として「ロ短調ミサ」がありますが、こちらは完成してはいるものの[本人が完成譜面を清書した]、生前には演奏もされなければ出版もされずじまい。また、明らかに典礼や儀式のため「機会音楽」であるにも関わらず、誰に頼まれてどのようなイベントのために作曲されたかも不明なようです。) 亭主は若い頃にはバッハのフーガなど対位法的な作品は(弾きにくいこともあって)あまり好きではなく、先に挙げたパルティータやイギリス組曲など、もっぱらイタバロ様式の舞曲ばかり聴いたり弾いたりしていました。が、なぜかこの「音楽の捧げもの」だけは例外で、当時から気に入っていたことを思い出します。(中でもウェーベルンがオケ版に編曲した「6声のリチェルカーレ」は、その昔NHK-FMの「現代の音楽」のテーマ音楽として耳に刻まれています。)もっともこの曲、何回も聴くと頭から離れなくなってしまうような「中毒性」もあり、やっかいですが… 調べてみると、この曲は有名なだけあって色々なエピソードが語られています。それはさておき、ネット上で見つけた記事の中で気になったのが大王から示された主題の由来についてのもの。クヴァンツの弟子として音楽への造詣はそれなりにあった(?)と思われるものの、バッハに示された主題はかなり複雑で、所詮は素人音楽家である大王がその場で思いついたとは到底思えない(シェーンベルクの説)とのことで、例えばH. サスーンという人は、それがヘンデルの「6つのオルガンまたはハープシコードのためのフーガまたはヴォランタリー」(HWV609)の第5番の主題と似ていることから、元ネタとして利用したのではないか、という提案をしているとのこと(2003年)。 この説、亭主も気になってMusical Timesという雑誌に掲載された元の論文(たった2ページの短いもの)に当たってみました。以下、一部を亭主訳にて引用します。 音楽的捧げもの』BWV1079は、J.S.バッハが完成させた最後の大作である。2つのフーガ(鍵盤楽器のための3声のリチェルカーレと6声のリチェルカーレ)、トリオソナタ、5つのカノンから成る。これ以下で、著者はヘンデルとバッハの作品の構造を詳しく比較し、バッハが6声のリチェルカーレの構造的なモデルやガイドとして使用したのではないかと推測しています。さらに、バッハのみならず大王もこのヘンデルの作品(だいぶ以前に出版されていた)を知っており、大王が6声にこだわった理由もその辺にあると見ています。 それにしても、バッハが晩年になってこれほど複雑な音楽を2ヶ月という短期間で仕上げて大王に送りつけた、という事実だけでも、大王の挑戦に対する彼の燃え盛るプライドを想像させるものがあります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
December 14, 2022 09:46:25 PM
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