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カテゴリ:音楽
11月に入ったというのに、関東平野は「残暑」という言葉が脳裏をよぎるような陽気。彼岸を過ぎてから急ぎ足で深まる気配を見せていた秋がまた遠のいたような週末です。
さて、先月末に「パルナッソス山への階梯」と第したジャン・ロンドーのリサイタルを拝聴した亭主、先行してリリースされていた同じタイトルのCDがやっぱり気になり始め、通販でポチることに。そこで、ものはついでということで、同じく今年になってリリースされたアンドレアス・シュタイアーの演奏による平均律クラヴィーア曲集第1巻のCDも注文。両方ともこの週末に間に合って届いたので早速拝聴しました。 ロンドーのCDの方は、リサイタル(+アンコール)のプログラムと似た選曲ではあるものの、それとは重ならない作品として「伝」パレストリーナのリチェルカーレ2曲、フックスのチャッコーナ(K. 403)、ベートヴェンの前奏曲(WoO 55)、およびクレメンティの『パルナッソス山への階梯』 第14番、と結構な数が並んでします。演奏会でこれらの代わりにモーツァルトのピアノソナタ(K.545)全曲を披露したのは、あまり馴染みのない曲ばかりでお客さんを辟易させないように、という彼なりのサービス精神だったのかも?(CDでは第2楽章のみ収録) むしろ今回面白かったのは、シュタイアーのCDです。実はシュタイアーさん、この第1巻に先立って既に第2巻の方を2021年の年末にリリースしており、こちらは亭主も拝聴済み(もう記憶の彼方ですが…)。同じく平均律クラヴィーア曲集を7-8年前に録音したクリストフ・ルセも第1巻に先駆けて第2巻を録音しており、このような遡行的、あるいは回帰的な録音活動はある種流行のやり方なのかも? というわけで久々にCDで聴く第1巻、まずは冒頭ハ長調のアルペッジョによる和音進行のみからなる最も有名な前奏曲、シュタイアーがこれをどう料理するか聞き耳を立てていると、何とリュートストップを使ってきました。確かに分散和音は撥弦楽器が得意とする音楽スタイルで、納得感があります。続いては一転してフルストップの輝かしい音で華麗なフーガが響き渡ります(例によってテンポは速め)。とはいえ、ここまではまだ序の口。次のハ短調の前奏曲では先のフーガに輪を掛けて壮麗な響きがド迫力で迫ってきます。 ここでCDにある楽器の情報を眺めると、ドイツの製作家H. A. ハースによる1734年製の楽器のコピーとあります(現物はこちら)。この楽器、2段鍵盤のジャーマンモデルですが、通常の2段鍵盤楽器が持つ8フィート(8’)弦2組+4フィート(4’)弦に加えて16フィート(16’)弦を備えており、その重低音が加わると(録音のせいもあってか)まるでオルガンのプリンシパルのようなゴージャスなサウンドが響き渡ります。 ちなみに、ハンブルグで活躍したハース(1689-1752)はちょうどバッハと同時代人。彼が残した楽器のうちで「通常の楽器と呼べるものは1台しかない」(フランク・ハバード談)とのことで、ハープシコードの高性能化に熱心に取り組んだ製作家だったようです。それを象徴するのが1740年に製作された楽器で、3段鍵盤(カプラー付き)を持ち、5組の弦(16’ 8' 8' 4' 2’)、6列のジャック、16フィート用のリュート・ストップとハープ・ストップを備えるなど、20世紀以前に製作されたチェンバロとしては最大のものだとか。亭主が想像するに、ドイツでは17世紀以降にオルガン音楽が興隆し(北ドイツ・オルガン楽派)、ハープシコードもオルガンを範としてその性能が追求されたのだろうと思われます。シュタイアーが録音にハースのモデルを選んだのも、その辺を考えてのことなのでしょう。 実際、この録音全体を通じて(特にフーガでは)16フィートを効かせた壮麗なサウンドが随所で聞かれます。一方、時にはリュートストップ、あるいはフランスのポー・ド・ビュフル(牛革プレクトラム)のように響くストップも躊躇なく使っており、サウンド的には文字通り万華鏡のような多彩な響きを楽しむことができます。 ところで、そうやってワクワクしながら演奏を聴いているうちに、いつのまにか第24番のフーガまで来てしまい、「え〜、もう終わりかぁ」と思いながら、改めてシュタイアーの演奏スタイルについて考えることしばし。 これは他のレパートリーにも言えることですが、シュタイアーの演奏はテンポをあまり大きく揺らすことがなく、即興的な装飾音も最小限に抑えているフシがあります。その点で、彼のスタイルは英国古楽の伝統である「ストレートスタイル」に近いと感じられます。(直前にこれと対照的なスタイルであるロンドーの演奏を聴いた後だけに、なおさらそう感じます。)一方で、彼の持ち味の一つである軽快さとスピード感は、1990年代に流行した(?)スポーティな高速テンポを思い起こさせます。 さて、第1巻を聴き終わったところで、そういえば第2巻の演奏(同じ楽器を使用)はどんなふうだったかを確かめようと思い、音盤をセットして聞き耳を立てた瞬間、いきなり16フィートを効かせた冒頭の音が大音響でバーンと響き、「こりゃやっぱりオルガンのサウンドだ」という思いを新たにしました。 ハースの楽器とシュタイアーの演奏という組み合わせは、ハープシコード演奏における一つの極を成していると言えるかも。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
November 5, 2023 09:39:59 PM
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