デュフリとスカルラッティ
このところ多忙で楽器に触っている暇がなかった亭主、この週末になってようやく2週間ぶりにハープシコードで気晴らしを少々。このところのお気に入りはジャック・デュフリです。というのも、しばらく入手困難だったクリストフ・ルセによる2枚組CDが最近再び出回っているのに気づき、早速入手して聴いてみるとこれが実に面白く、ハマり始めました。特に驚いたのが、いくつかの作品におけるドメニコ・スカルラッティとの類似です。1枚目、La Cazamajor(カザマジョール)、あるいはLa de Vatre(ドゥ・ヴァートル)を聴くうちに「これはもしや…」と思い、2枚目のLa Tribolet(トリボレ)に行き当たったところで、「こいつはスカルラッティを知っていたに違いない!」という確信に変わりました。何しろこの曲には「練習曲集(Essercizi)」冒頭の曲(K. 1)を彷彿とさせるパッセージが随所に入っており、聴き間違いようがありません。こうなってくると、デュフリの作品全曲を音にしたものを聴いてみたくなります。そこでネット上を探したところ、何と中野振一郎氏のCDがほぼ唯一の選択肢であることが判明し、早速こちらもゲット。ルセや他の演奏家のそれと異なり、このCDでは4巻に別れて出版されたデュフリのクラヴサン曲集の作品がその順番に従って収録されている上に、ウジェル社の校訂譜では省略されているヴァイオリン(と通奏低音)付きのソナタも収録されており、文字通りのデュフリの作品全集になっています。さらに繰り返し中野氏やルセの演奏を聴いていると、例えば第2巻、La de Vatreの次に来るLa Lanza(ランツァ)では3部構成のはじめ(ハイドン風に始まる)と終わりがスカルラッティ風であるのに対し、中間部で短調になる部分がソレールのソナタのようにも聞こえます。他にもMedee(メデ)など、スペイン風の音階が容易に聴き分けられる作品がいくつもあり、これらのレパートリーを何らかの形で知っていたと想像したくなります。少し調べ物をすれば分かるように、実はパリでも1742年ごろにスカルラッティのソナタ集がボアヴァンによって出版されており、同じ出版社の手でデュフリのクラヴサン曲集の第1巻が出たのが1744年とあることからも、彼がスカルラッティのソナタを知る機会は十分にあったと想像されます。そこでこの二人の関係についての情報がないかググって見たところ、ハワード・ショットの「ハープシコード演奏(Playing the Harpsichord)」という著作の中で次のように触れられているのを発見。Jacques Duphly (1715-1789), the last of the line, published his four bocks of forty-six pieces between 1744 and 1768. They include not only some delightful slighter works but also a number of serious extended pieces. La Medee is one of the best and indicates that Duphly must have been well acquainted with Scarlatti’s published works as well as those of earlier clavecinistes. (pp.64-65)第1巻のロンドをはじめ、デュフリがF.クープランの作品とそっくりな曲をものしていることはよく知られているようですが、こうして見ると、彼の作品集はまさに18世紀ハープシコード音楽のアンソロジーと言ってもいいものだと思います。それにしても、デュフリの作品は弾いて楽しいものが多く、その点でもスカルラッティと共通するところが大です。中野振一郎さんはCDのライナーノートで自身の「デュフリ愛」を大いに語っていますが、彼にとってのデュフリはおそらく亭主にとってのスカルラッティのようなものだろうと想像され、その気持ちがよく分かる気がしました。