スカルラッティ鍵盤楽器ソナタ 演奏の手引き
先日ガルッピの楽譜を仕入れた際に、店先の書棚で偶然表記の本を発見。奥付を見ると2009年4月に全音から出版されたものですが、スカルラッティオタクの亭主も迂闊にしてその存在を全く知りませんでした。亭主が熱心にスカルラッティ関連の文献を博捜していたのがハープシコードを始めて間もない2007〜8年ごろ。当時日本語のスカルラッティ文献で(翻訳も含め)新刊書として手に入るものは皆無の状態だったので、まさかそれ以後に出版されたものがあるとは思いもよらず、今日に至ったようです。ちなみに亭主が購入したのは2013年に出た第2刷とあり、どうやらそれなりに売れているのかも(?)。というわけで、その内容やいかに、と早速購入してざっと目を通してみました。総ページ数は100ページを少々超えるぐらい、判型もB6版の大変コンパクトなもので、最初の10ページぐらいにわたってスカルラッティの人物、初期の声楽を含む音楽作品全体について手短に紹介し、さらにソナタの特徴やスタイルについて、主にカークパトリックの著作に依拠した解説が行われています。とはいうものの、大変興味深いことに、シューマッッカー先生はカークパトリックの引用に終始するどころか、その後に出たシェヴェロフやサトクリフの仕事についても言及しながら論を進めており、特に後者の著作が2003年に出たことを考慮すると、それ以後にスカルラッティについて書かれた最も新しいモノグラフということになります。例えば、有名なK.119の作品分析の部分では、前半の第56〜65小節で不協和音がどんどん積み重なりながら盛り上がっているところで、ギルバート版では省略されている「Tremulo nell’ A la mi re(アルト声部のA、E、Dにトレモロ)」の指示の曖昧さ(AはわかるがE、Dについてはどの音を指しているのか不明)について触れ、カークパトリックもサトクリフもこれについて口をつぐんでいることに不満を漏らしています。 この例も含め、スカルラッティのソナタについて論じた最新の手引書としてなかなか隅に置けない著作であると感じました。こうなるとオタクの亭主としては、元になった原書が大いに気になるところで、ネット上を色々と検索してみましたが、それらしい本は出てきません。そこで、ロチェスター大学音楽部・イーストマン・スクールのホームページにあるシューマッカー先生の紹介記事を読んでいたところ、「Publications for Zen-on Music (Japan) include study guides on Brahms, Albeniz, Rachmaninoff (expected 2006) as well as a new critical edition of Albeniz’s Iberia.」とあります。実際、全音の「演奏の手引き」シリーズではこれらの作曲家に関するものが既に出版されており、スカルラッティについての本はどうやら同シリーズのために書き下ろした(?)最新のテキストと想像できます。(ホームページガ2005年あたりから更新されていないことも透けて見えますが...)確かに全音にとって、一旦英文著作として刊行されたものを邦訳して出版することに比べれば、日本での出版を前提に英文で書き下ろしてもらったものを邦訳出版する方が色々とラクであろうことは明らか。こういうやり方もあるのだと妙に納得です。ちなみに、同書では後ろの80ページにわたり、厳選された24のソナタについて作品の分析と演奏上の手引きが述べられており、採り上げられているのは「練習曲集」からK.1, 3, 9, 20, 30の5曲、さらにK. 87, 96, 118, 119, 159, 162, 203, 208, 209, 319, 380, 421, 427, 454, 455, 466, 513, 544, 545のソナタです。K.421など、採り上げられることの少ないソナタの分析が目を引きます。