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テーマ:心の病(7246)
カテゴリ:昔話
私が精神科の病院に入院していたことがあることは話したことがあると思います。
そこでの話を語りたいと思います。 ある日のこと、病室に身長170cm体重35kgの17才の女の子が入ってきました。 食べるときに使うおはしは使い捨ての割り箸、コップは使い捨ての紙コップ。 ドアノブに触るときは手袋をする。食べる量も一口サイズ。 あきらかに重症の拒食症患者でした。 痛々しい彼女との交流は花ではじまりました。 いつも病室にお母さんが花屋から買ってきた一輪の花を置いて行くのですが、彼女はその花の絵を丁寧に色鉛筆で描いていました。 食べることもせず、栄養点滴の管を腕につけたまま、ベッドのふとんの上でひたすら描きつづけていた。そんなに面白いのか、と思いました。 すべてを拒否しているのに花だけは拒否しません。これは不思議です。 そこで、私も、絵の才能はないけれども、絵を描く趣味があったので、ときよりその花の絵が完成すると、批評することにしました。 でも、いつもいうことは同じ。 「やっぱりXXちゃんの絵は上手だねえ」 人はそういわれるともっとやる気になるものです。 いつしか私が見に行かなくても、彼女の方から見せに来てくれました。 ある日、私は言いました。 「生のお花が触れるようにほかのものも触れるようになるといいね」 そしたら、翌日、ドアのノブに素手で触れました。 すかさず、「あれ~触れるんじゃないの~よかったね~」と言って笑った私。 内心びっくりしたけれど。 それからは速かったです。 紙コップが普通のコップにかわり、割り箸がふつうのお箸に変わりました。 しかし、変化は速や過ぎぎました。 突然、ある日、彼女は泣きながら病室に飛び込んできて、また食べなくなりました。 もちろん、コップもお箸ももとどおり。 なぜ泣いてしまったのかはわかりませんが、こころの病はゆっくりと回復しないと反動で逆行することがあります。 それでも、そんな中、彼女は絵は描きつづけていました。 それをみて、私は思いきってあることを彼女に申し出ました。 「庭を散策しませんか?」 「庭にはたくさんの花が咲いているよ。私、案内してあげようか。」 花、と聞いて彼女は頭をあげました。 「でも私、ドア触れない。花触れない。だから外、いけない。」 「じゃあ、手袋していけばいいじゃない。何も触れといってるわけじゃないわ。 花は匂いをかぐこともできるし見る事もできるでしょう。」 ふと黙ってうつむく彼女。 私はもう行く準備をして、たちあがりました。 彼女もそれにつられるような形でたちあがりました。 ドアノブは私が開けました。 それから庭に出ました。 初夏の庭は草がおいしげり、ひまわりやバラ、赤や黄色やピンクの名の知れぬ花がさきほこっていました。 病棟の屋根先の棚には南国のフルーツ、パッションやキウイの実がなっています。 そういった花や果樹を植えた人達は別病棟にいるアルコール症患者です。 庭仕事のような簡単な作業労働をすることもアルコールから抜け出す一つの方法なのです。 私はのんびりと歩きながら、まだ青いすすきの穂で足元をけちらしていました。 バラ園にたどりつくと、私は彼女に言いました。 「きれいだね、バラ好きでしょ。いつも絵に描いている。匂いかいでごらん。」 匂いをかぎながら、ふと花びらに触れた。手をひっこめました。 「怖い?」 うなずく彼女。 「バラは怖がっていないよ。触ってほしいと思っているよ。 一生懸命生きているから触ってほしいんだよ。触ってほしいからいい香りを放つんだよ。」 黙ったままの彼女だったが、何か考えていました。 ハーブ栽培が好きな私は草ぼうぼうのところで自然のハーブをみつけるのが好きです。 その日もみつけました。 薄紫色の房のような花を咲かせたペパーミントが生い茂っているところがあったのです。 そこでたちどまり、私は言いました。 「ほら、これミントよ。いい香りがするでしょう?かわいい花だね。葉っぱに触ってごらん。 いい香りがするから。ああなんていい空気なんだろう!」 黙ったままの彼女でしたが、手がのびました。でもあともう少しのところで手をひっこめてしまいました。 「これってね、食べられるのよ。消化促進剤なの。」 といってむしゃむしゃたべてみせました。 「さっきも言ったけど、自然ってさ、やさしいよね。目がみえなくても香りやそよ風にたなびく草の音がきこえる。 耳がきこえなくても香りをかぐことができるし触れる。手足が不自由でも香り、音、味を楽しむことができる。 こんなにやさしいのってほかにないよね。これからも一人で庭を歩き回ってみな。自然とお話できて楽しいよ。」 いささかかっこつけていったような気もしますが、思っていることは事実です。 そしてその日の散策は終わりました。 その後、彼女との散策はありませんでした。 それから1年後、病院に用事があってでかけると受付のおねえさんが、預かり物があります、と言った。 手渡されたのは1通の封筒。中には手紙と写真が添えられていた。 お久しぶりです・・・ではじまった手紙には、体重が増えたこと、高校にも復帰したこと、ある芸能人のファンになっていて、まだ通院中だけれども友達もたくさんできて毎日楽しいこと、そして、最後にこう書かれてありました。 「PS:そうそう、病院の庭で一緒に見つけたミント、家に持って帰って植えたらすごい大きくなっています!!」 彼女からの手紙が1週間前に病院に託されていたのでした。 私がいつまたこの病院に訪れるかもどうかもしれないのに、この偶然はなんでしょう。 写真にはふっくら笑顔の彼女が写っていました。 すごく大きくなったというミントはさぞかし彼女から沢山の愛情をそそがれているのちがいないでしょう。 1年も前のことを覚えていてくれた彼女に目頭があつくなりました。 きっとこれからも過食症になる危険もあるでしょう、 大人になる過程でまたつまづくこともあるでしょう。 でもきっと、彼女は私と同じようにミントをみるたびに、彼女を必要としている人や物が あり、その人や物が彼女に触れてほしがっていることを思いだし、ハーブ(香る雑草のようなものです)のように力強く生きていくのではないかと思うのではないかと、ちょっぴり安堵した私です。 人は必要とされていると思うと生きられるのです。 以上がハーブとの出会いで変化がみられた拒食症の子の話です。 その後も彼女とは交流があり、いろんな変化やつまづきに出会っています。 その話はまた今後。 ではまた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jul 29, 2008 09:59:46 AM
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