『ハリガネムシ』(芥川賞受賞作)
今年の芥川賞受賞作は、『ハリガネムシ』という小説らしい。まぁ、芥川賞という事もあり、読んでみても「ほぉー、こういうものか!」っていう感想しかないのだが、この小説の中で面白い記述を見かけた。主人公である高校教師が、ソープに行き、ソープ嬢と会話する。(年齢の話しをしていて)「私は、ど?」と聞かれた高校生教師は、「23歳ぐらいですかね」本当は30歳ぐらいに見える。という記述(1)そのしばらく後の絡みのシーンで、四つん這いになった彼女の背後から乳房を揉むと、中に何も入っていない程に柔らかい。「こんな柔らかいの初めてや」というと「子ども二人産んでるからよーぉ」というと・・・という記述(2)(1)と(2)の記述を総合すると、『本当は30歳ぐらいに見える、子ども二人産んでる女の胸が、中に何も入っていない程に柔らかい』という事になる。『中に何も入っていない程に柔らかい』というのを、張りがないと解すると、それは良い意味では使われていない、という事であろう。女性が、『子ども二人産んでるからよーぉ』と言っているのは、子供を産んだ事により体が崩れた事を説明しているのであろう。ただ、思うに、・子ども二人産んでるから、「胸が中に何も入っていない程に柔らかくなる」という訳でも無く、・ましてや、30歳ぐらいになれば、「胸が中に何も入っていない程に柔らかくなる」という訳でも無いだろう。まぁ、僕の『わずかな経験』に基づく感覚ではあるのだが、確かに30歳になれば、20代前半ほどの胸の張りはなくなるだろうが、『中に何も入っていない程に柔らかい』という程にはならないだろう。一つの目安としては、32~33歳では、まだまだ、それなりの張りは維持されるのではないか?流石に、36~37歳位になると、『中に何も入っていない程に柔らかい』とまではいかないまでも、『うむ?』っていうレベルまで張りが失われる。というのが僕の『わずかな経験』に基づく感覚である。もちろん個人差があり、いわゆる『巨乳』といわれる人が張りを失うと、それこそ『中に何も入っていない程に柔らかく』なり、『ヨーヨーの中の空気が無くなって萎んでしまった』状態になる。つまり、人間の乳房を揉んでるのか、牛の乳を搾っているのか、訳わかんなくなる状態。↑そういう状態になるのは何歳頃で、子供の出産と関係があるのか?一人の巨乳の女性と若い頃からずっと付き合い続けた経験がないので分からないが、そういう人は比較的若くして『中に何も入っていない程に柔らかい状態』になるものなのでしょうか?巨乳志向じゃない僕には見当もつかないけど♪僕の『わずかな経験』においては、32~33歳で『中に何も入っていない程に柔らかい』というのは、しっくりこない。32~33歳で『中に何も入っていない程に柔らかい』というケースは極めてレアケースである。もっとも、年齢詐称されていれば、どうしようもないのだが(爆)もちろん、若くて柔らかい『マシュマロのような』という表現もありえるだろうが、それはどちらかというと、肌の若さによるものだろうから、ちとニュアンスが違う。とにかく個人差が大きいうえに、僕の経験でしか語る事が出来なくてサンプル数が少ないので、結論の出ない問題ではあるが、芥川賞受賞作を読んでこんなテーマを考えるとは思ってもいなかった。