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カテゴリ:ウォッチング
昭和16年の8月、12月、そして18年8月の織田家家計簿を見直すと、織田作の母たかゑさん(5年12月24日死去)、父鶴吉さん(7年9月29日死去)の2人の月命日にはお坊さんお布施50銭が記帳されている。今日は、その鶴吉さんの月命日に当る。
また、16年8月14日のお盆にはお布施2円、15日に大阪寺への中元に5円が支出され、18年8月14日にはお布施3円が払われている。 菩提寺は大阪上本町にある楞厳寺で、高津中学同級生の田尻住職が月2回、堺の織田家を訪れていたかどうか、疑問である。50銭といえば現在で500~600円の値打ちであり、電車賃にもならない額である。 現在、一般的には、月命日に住職が来宅時に3,000円とか5,000円がお布施として渡されている。ということは、戦前はお布施の額はそれほどの出費でなかったのだ。 推測だが、記者として夕刊大阪に定期で南海鉄道で通っていた織田作は、月命日の都度、楞厳寺に立ち寄り墓参、お布施50銭を田尻住職に渡していたのではなかろうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年12月29日 22時46分42秒
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