|
カテゴリ:織田作之助
町田の『きれぎれ』の解説で池澤夏樹は「抽象に流れず、すべてが具体的」と特色を述べている。
この点は、杉山平一が「織田君は抽象に走らない。観念の文学を嫌った。店屋の名前を書き連ね、細かい金額までびっしり書き込んでいく。」と『大阪人』2006年6月号の「文士オダサク読本」)で語っていることと合致する。 具象性をもっとも象徴するのが、店名や商品名の具体的な事物や数量、金額などの並列、羅列であり、「店々品々数々列挙」とでも称せようか。(淀) 具体的に事物を表示することによって、より実感的にその場の状況を伝え、時代の様相(世相)を浮かび上がらせる文章技法かと思われる。 以下、事物の列挙に該当する二人の文章を例示してみよう。 ●織田作の店々品々列挙文例 「年中借金取りが出はいりした。節季はむろんまるで毎日のことで、醤油屋、油屋、八百屋、鰯屋、乾物屋、炭屋、米屋、家主その他、いずれも厳しい催促だった。路地の入口で牛蒡、蓮根、芋、三ツ葉、蒟蒻、紅生姜、鯣、鰯など一銭天婦羅を揚げて商っている種吉は借金取の姿が見えると、下向いてにわかに饂飩粉をこねる真似した。」(『夫婦善哉』の冒頭) 「その鳥居をくぐって、神社(生国魂)まで三町の道の両側は、軒並みに露店が並んでいた。別製アイスクリーム、イチゴ水、レモン水、冷やし飴、冷やしコーヒー、氷西瓜、ビイドロのおはじき、花火、水中で花の咲く造花、水鉄砲、水で書く万年筆、何でもひっつく万能水糊、猿又の紐通し、日光写真、白髪染め、奥州名物孫太郎虫、迷子札、銭亀、金魚、二十日鼠、豆板、しょうが飴、なめているうちに色の変るマーブル、粘土細工、積木細工、豆電気をつけて走る電気仕掛けの汽車、…」(『道なき道』) ●町田康の店々品々数々列挙文例 「この世の中には、実に様々の渡世があるのであり、めぼしいところを列挙しただけでも、洗い張り、居合道場、漆塗り、桶・樽製造、芸妓置屋、こいのぼり製造、人力車、釣堀、ドイツ料理、納豆製造販売、西陣織、ねじ製造、のれん、馬肉料理、屏風、舞踏、へび料理、まき絵師、みそ醸造、もやし、友禅染、ヨガ教室、など、世間の人というのはみな、わたしなどが思いもよらぬようなことをして飯を食っているのである。」(『夫婦茶碗』) 「タクシーのヘッドライト、明滅する信号、パチンコ屋のネオンサイン、緊急自動車の回転灯、高架になった駅ホームの蛍光灯、遠くのビルの広告塔やなんかに照らされる、大衆酒房豊年、ミスター寿里、民芸小座敷エキサイト、見放題販売試写、蛇の目寿司、ラブスポット子猫、本格朝鮮料理、人妻専門、カツ重480、といった小さな看板の渦の中で、」ライト6つ、看板9つ羅列(『人間の屑』) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012年06月09日 22時52分03秒
コメント(0) | コメントを書く
[織田作之助] カテゴリの最新記事
|
|