リバーサイド
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皆さまに新年のご挨拶もできぬまま、 一月ももう終わろうとしています。 それでも、一月うちはまだ正月、 遅ればせながらも滑り込みセーフということで…、 今年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年初めての日記は、きょう、もう少しでうちの子になりそうになった、ある老犬のお話です。 まずは、おとといの朝の出来事から。 夫が珍しく腰痛をうったえるので犬の散歩は私が近くの公園で、と思っていたのですが、 彼はいつもどおり二匹を連れ出し、公園を突っ切って遠出の散歩に出かけていきました。 ところが、予定の時刻がかなり過ぎても帰ってきません。 遠出の散歩コースは四つあります。 でも、選ぶのは柴のタケルの、そのとき行きたがるコースと決めているので、留守番の私には、彼らがどのコースをいったのかわかりません。 あいにく、夫は携帯も忘れていきました。 不安がよぎります。 腰痛がますますひどくなって、犬と一緒にどこかで休んでいる? あるいは、事故?
やきもきしているところへようやく帰ってきました。 無事だったのはいいのですが、夫の着ているものがかなり汚れています。 それに、くたびれきった顔。 やっぱり何かあったのです! 私が聴く前に、夫のほうから話し出しました。
この日、タケルが気まぐれに選択したのは、一ヶ月ぶりのコースだったそうです。 それは、急坂をおりて農道へとつづく道でした。 坂をおりきると、どこからか、か細い犬の声が聞こえてきました。 ほんとに消え入りそうに力がないけれど、それはどうも悲鳴。助けを求めているようです。 とてもそのまま通り過ぎることができません。 どこだどこだとあっちこっち見まわす主人に、こここことおしえるように、タケルが側溝のフタに鼻面をもっていきクンクンしました。 たしかに、SOSの発信源は側溝の中。 フタの隙間をのぞくと、白っぽい毛が見えました。 「お~い、いま助けてやるよ~」 夫がそう声を掛けてやったときには、鳴き声は、もう止んでいたそうです。 もともと断末魔の声のようだっただけに、まさか…、と心配になり焦りました。 けれど側溝のフタは、 厚いコンクリートでできていて、びくともしません。 何度試みてもダメ。 バールがほしい。 こうなれば、知らない家に飛び込むしかない。 一番近い農家に走っていって呼び鈴を押すと、年配の女性がでてきて事情をきくなり、 快く釘抜き兼用のバールを貸してくれました。 そしてそのまま、夫の後をついてきました。 ああ、残念、そのバールを使っても、フタはびくともしません。 すると、農家の女性は家に引き返し、こんどはさっき貸してくれたのより、 長さも太さも三倍程もあるバールを引きずってきてくれました。 それをつかうと、フタが少し動きました。 でも、いくら力を入れても上手にずらすところまではいきません。 下手にずらしたら、側溝のなかで身動きできないでいる犬の上にガタンと落ちてしまいます。 おりよく散歩の男性が通りかかり、何事だろうと寄ってきました。 少なくとも七十代には見えましたが事情がわかると、なんと傍らの小さいほうのバールを手に取り、夫を手伝ってくれはじめたのです。 おかげで、フタ二枚をうまくずらすことができ、うずくまっていた犬を無事側溝から抱き上げることが出来ました。 助け出された犬は、夫の手が両脇に差し込まれた瞬間、 うう、と声にならない声を出しましたが、ほとんど無抵抗だったそうです。抵抗する力も尽きていたのでしょう。 道に下ろすと、犬は腰が立たず、ガタガタ震えているばかりでした。 農家の女性が、いつの間にか水の器を持ってきて犬の前に置きました。すると、夢中で飲みました。 こんどは、夫がうちの二匹の犬のおやつを取り出して口に近づけてみました。よっぽどおなかが空いていたのでしょう、それも夢中で食べたそうです。 助けたには助けたけれど、さあこれからこの犬をどうしよう。 腰はあいかわらず立たないままでした。 毛がぼさぼさで、しかも首輪をつけていないところを見ると、捨てられて放浪していた犬のようです。昨夜はひどく寒くて、水のない側溝の中へ中へともぐりこみ、身動きできなくなってしまったのでしょう。 夫が目やにを拭いてやりながら、その目をよく見ると、かなり濁っていました。どうやら、目が良く見えないようです。 やがて、農家の女性が、こういってくれました。 「動けるようになるまでなら、うちで…。前に飼っていた犬が死んで、小屋があいているから…」 これには、夫も手伝ってくれた男性も、ホッとして顔を見合わせたそうです。 夫がその犬を抱きかかえて農家の方へ向かい始めると、男性もようやく別れの挨拶を述べ、去り際に、犬の頭を撫でてこういったそうです。 「いいかね、動けるようになったら、また自分の力でしっかり生きていくんだよ」 木に繋がれて一部始終を見ていた我が家の犬、タケル&ギルは、「エラカッタ」そうです。主人が自分たちのおやつをよその犬にやるときも、そしてその犬を抱き上げたときも、 おとなしく見守っていたとのこと。 「タケルなんかまるでその犬のことを本気で心配しているようだったよ」 ふだんなぜか黒っぽい犬と白っぽい犬に吠えかかるタケルなので、私も驚きました。 ギルのことは、たいていタケルに従うので、よくわかりますが―。 このタケル&ギルが見せた態度が、あとで、私たちの心の鬼を追い出すことになります。 つづく
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