カテゴリ:パパのひとりごと
ふと、表題のようなことを考えた
生まれなければ、この世に対する自分という存在は、無である プラスでもマイナスでも無い 生まれて来たということは、限りない可能性を秘め、喜びに満ちていると同時に、一生の間、数えきれないくらいの、苦難、別れ、挫折を味わうという事であり、それらに遭遇しない人生なんてあり得ない こんな苦しい思いをするなら、生まれて来ない方が良かったのではないかと思うときもある しかし、苦難にあってこそ、自分の小ささや、醜さ、家族や他人の暖かさを教えられるのだ 50年ばかり生きて来て、確信している事がある 人は、生まれるべくして生まれて来る どうしても、この時代、この場所に、この境遇で生まれる必要があって、今ここにいる それは、会うべき人に会うためであり、遭うべき苦難に遭う為である それらの人に会い、苦難に逢い、やがて気付く 自分は「愛する為に生まれて来たのだ」と 自分は「許す為に生まれて来たのだ」と 自分は「愛されて今ここにいるのだ」と 自分は「許されてここにいるのだ」と 人生って、深い これらの事を気付かせる為に、我々には様々な苦難が準備されている そうであるならば、「よし、かかって来い!」という気持ちで、今日も生きて行きたいものである お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012年04月06日 07時21分47秒
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