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シングル母のアメリカ暮らし

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さく408

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2008.01.15
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最近トシとったせいか、やたらと昔のことばかり、
ふと気がつくと物思いにふけてしまう。

先日も具合が悪くて、子供たちはアフターケアに行ってもらい、
子供のクラスのお母さんにドロップオフしてもらって
私はちょっと昼過ぎから横になって寝ていたんだけど。
3時頃、ふと目が覚めた。
夢を見ていたのか、なんか自分が今寝ている状況がわからない。
何時なのか、どこなのか、誰かいるのかいないのか。
目の前の白い壁を見ていたら、実家を思い出した。
豆腐屋さんのラッパの音が聞こえて来るような気がした。
酒屋さんの配達の音が聞こえて来るような気がした。
はっと我に返ったら、ものすごくホームシックに陥った。

今、長男は11歳だ。
父が亡くなった年、私は11歳だった。
一番下の弟は8歳だった。次男が今8歳だ。
だから今の子供たちを残して逝ってしまうようなものなのだ。

家は団地で、とてもせまかった。
お風呂もついていなかったので銭湯だった。
(今は改築されてお風呂もついている)
母は働きに出てたから、いわゆる鍵っ子だった。
家に電話もなかったし、生活保護も受けていたから貧乏だった。

今、家の広さはあの頃とそれほど変らないかもしれないけれど、
まあ、せまいけどお庭もあるし、ガレージもついてるし、
何より車ももってるし(てか、無しじゃ生活できないし)
電話もコンピューターもネットもあるし(笑)、
私は働いてはいるけれど、子供は鍵っ子ではないし。
なんだ、うちの子、ずいぶん恵まれているなあ。

私の母の作る食事はそれほど豪華ではなかった。
もっともどこの家も似たり寄ったりの時代だし、
特にうちは母子家庭だったし。
夕飯がふかしたジャガイモだった晩もある。
それが実はすごくおいしかったのだけど。
月に2-3回の楽しみはお約束のカレー。
日曜日の朝のお楽しみはトーストと目玉焼きとコーヒー。
(それ以外の朝ごはんは和風)
母はあまり料理の好きな人ではなかったし、
わりとワンパターンだったけど、
特に不満に思ったりした覚えはない。

今、うちの子供たちは好物がでるとを大喜びし、
好きじゃないものが出ると、文句は言わないが、
なんとなく静かに食べている。
あんな感じだったんだろう。
子供って案外不満は言わないものなんだよね。(笑)

それでも大違いなのは外食の頻度。
私は高校生になるまで、ほとんど外食というものをした記憶がない。
それこそ年に1-2度あるかないか、じゃなかったろうか。

うちの子供たちはしょっちゅうだ。
月に1-2度はあるかもしれない。
ランチも入れたらもっとあるかも。
私が働いているのは言い訳にならない。
母だって働いていたのだから。
しかも私は毎日じゃない。
週に1-2回は子供たちは元夫と食べるのだから。


で、何かとりとめがないけれど、
私は子供の頃不幸だったのか。
全然そんな事はない。
子供心に「こうだったらな、ああだったらな」と
夢想していた事はたくさんあるけれど、
やりたいこともたくさんやったし、
妹弟もいたし母もいた。
毎日外でたくさん遊んでいたし、近所の友だちもいっぱいいた。
ご飯もたくさん食べて、本や漫画もたくさん読んで。
それなりに幸せな子供時代だったんじゃないかな。

息子たちが大きくなって子供時代を思い返す時、
どんな事を思い出すのだろう。
いやいや食べさせられたごぼうやれんこんか。
こたつに肩までもぐって本を読みふけった事か。
母親に毎日ガミガミおこられていたことか。
家の周囲1ブロック限定で自転車を乗り回した事か。
それとも金魚やギニアピッグの「まんご」のことか。
願わくば「それなりに幸せだったのかも」と思ってほしい。
「すっごく」でもなく「全然」でもなく「それなり」で。







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Last updated  2008.01.15 16:06:08
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