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テーマ:離婚のカタチ。(44)
カテゴリ:アシタのために(メンタル篇)
今年も残すところあとわずか。
毎日があわただしく過ぎて行っている様な気がする。 なのに、それは夢の中の出来事のよう。 痛みから切り離されて現実感を失うように、今の私の毎日もリアルを感じない。 先日の日記で書いたように、オットとのライブで気づいてしまったことが、私には大きかったのだろうと思う。 離婚して3年。 心の奥底でずっと「よりを戻したいわけじゃない。いい友達としてこれからも繋がっていたい。」なんて、キレイごとを拠り所にしていた。 でも、それが「思い違い」だったと気づいた。 やっぱりまだ好きなんだ、オットのことが。 「友達」なんかになれない。 そう、認めよう。 まだ彼のことを「好き」なんだ、私は。 この「好き」が成就しない場合の選択肢は、「嫌いになる」や「友達になる」ではなく「忘れる」こと。 心にシンシンと、そんな想いが降って来る。 私は人生の中で、自分から「好きだ」と告白をしたことが無い。 それは「No」と言われるのが怖かったから。 そう言われることは、自分の全人格を否定されるように感じるから。 好きな人が出来たとき、全身で「私は貴方に好意を持っています」と表現しながら、相手から告白されるのを待つ、そんな今までだった。 そして今思うのは… 私のこの片思いにけりをつけるのは、人生ではじめての「告白」なんじゃないかと言うこと。 自分から能動的に思いを断とうとしても、それはやっぱり決定打とはならず、自分の中の希望的観測を否定しきれない。 決定的に相手から否定されれば、肯定的解釈の余地もないだろう。 そんなことをウツウツと思い巡らせ、実行できないでいる今。 そう、これが経過報告。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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