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カテゴリ:お仕事のお話
昨日徹夜明けなまま、朝ごはんを買いにコンビ二で近所のヘアメイクに遭遇。うっぷんがたまっていたらしく、お互いに、朝ごはんを購入した袋を抱えつつ、お茶という名目でファミレスにしょっ引かれたw(こんなことならファミレスで朝飯にすりゃよかったとほほ)
いろいろな話をしていて、「無理なことを引き受けてNOをいえない」事が、どれほど周囲に波及し、迷惑をかける事になるか、好意でしてもらう事が一歩間違えると一番高くつく話などをしていた。 「ノーが言えないと思っているのは自分だけで、引き受ける事で最終的に自分に負担になることは、断れない自分を守るための言葉でしかないのよ、そんで結局自分に負荷かけて相手に不満をいうなんて、やっぱり自分の事しか考えてないのと一緒じゃない」 引き受けきれない事を引き受けて文句言うのは愚かだ。という彼女の持論にうんうんとうなずいていたのだ。 本当は自分に優しいだけで、「相手のため」と引き受けてる事なんかじゃないんだなぁ。。 今年の上旬私はそれでだいぶ切羽詰まる壁にぶち当たってたので、彼女の言う事は最近なんとなく克服しつつある内容なのだ。(まだまだだけど) 本日打ち合わせに他社にお邪魔しているとき、他の会社のスタッフで私もよく知る子がその会社を訪ねてきた。 彼も典型的に「no」が言えない人である。そして蓄積された負担で、最近心の病気にまでなっている。彼が吐き出す言葉は、ほんの半年前くらいに私が口にしていた心境と似ている、だから彼が何に苦しんでいて、何から開放されるべきなのかとてもよくわかった。 本人は自分で自分の首を締めてしまっている事にまだ気が付かない、というか気が付くゆとりすらないようだ。 優しい人である、頼まれたらなんでもやってくれる人。でもそれは自分の都合が付かなくなるほど引き受けてはいかんのよ。みんな彼の優しさに甘えて、どんどんお願いしてくる。そして彼は断れないまま抱えてさらに飽和していくのだ。彼らに頼まれて引き受けるのを「当然」と認識させてしまっているのは、ほかならぬ自分自身だという事も気がつかぬまま、抱え込んで辛くなっている。これでは悪循環だ。 結局苦しくなって不満を相手にぶつけることになるなら、やってはいかんのだ。許容も過ぎたらやっぱりいかんのね。疑問を持った事があるのなら、それをその都度解消していく事も引き受けた側の責任なのだろう。。 「できません。」と最初に自分から言うには勇気がいる。まるで相手を拒絶する言葉のようにきっと感じるから、使ってはいけない言葉だと思ってるのかも、でも本当はお互いの自立を促す大切なきっかけになる言葉でもあるのだ。 彼は仕事のついでに立ち寄っただけなのに、みんなに自分の愚痴を聞いてもらって迷惑をかけたと謝るので言ってあげたかったが、言わずにおいた言葉があった。 「人のことなんて考えなくてもいい、今は自分の事と自分のために考えて動こうよ。君がいっぱいいっぱいなのは、わかってるから余裕のある人たちに頼る事は悪い事なんかじゃない。その人たちも都合が悪ければはっきり君に言う人たちだから大丈夫。気を使って謝るなら、「ごめんなさい」じゃなくて、「聞いてくれてありがとう」でいいんだよ。自分を卑下するより、人に感謝できたほうがと相手にも自分にも素敵な事だと思うよ」と 子育てでも同じだ。先日保育園の先生と懇談会でこんな言葉をいただいた。 「誉めてあげるのは大切といいますが。ご両親が心から誉めるのには、お子さんに、本当にしてもらいたい事を『お手伝い』としてさせることです。お子さんのいいようにと立ち回ることで、お子さんはキチンとできるかもしれません。それよりも、任せてお子さん自身が自分で立ち回れるようになったらもっと素敵。どんどんお手伝いしてもらって、心から感謝を表わしてあげたら、この時期子供はきっと喜んでますますお手伝いするようになりますよ」 してもらいたい事、出来ない事を代行してもらう事。一人で抱えこまないで、人に受け入れてもらう事で、人とのつながりが深くなれるなら、ダメ万歳だわ。 頼って頼られて、感謝して、感謝してもらったらとても素敵なことだと思うのです。 つーことで、●●さんフィッシングよろしく~~~♪ そして娘よ、ママはこれからもダメだと思ったら 飯は手抜きしてしまうかもしれません。。( ̄― ̄°) 感謝してま~~~~~~~~~~す。(_人_) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
December 9, 2004 01:34:25 AM
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