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カテゴリ:うつ病関連
ようやく、テンパっていた仕事も終わりが見えてきまして、
あとは来週のヤマ場を越えれば、という所まで着ました。 …その山場に向けた準備も必要なのですが、 でも8合目くらいまではきまして。 --- …まぁ、何が言いたいか、と言うと 更新サボっていた言い訳です。 --- でも、書いておかないと忘れそうなので。 久々にこっちに書きます、病気関連の話。 --- 今週、精神科医の方との面談がありました。 ずっと月イチやったのですが、 発症から2年半以上経って、だいぶ落ち着いてきたので、 今回初めて、2ヶ月に1回になりました。 --- 仕事をしている時のことを聞かれたので、答えました。 ・7~8割の日は、フツーに働けてる。 ・残りは、大概朝に睡眠不足気味で、 そういう日は朝ムショーに腹立ったり、悲しくなったりする。 ・でも、仕事中に、フッと「このままでいいんだろうか」 「カウンセラーはアドバイスで『自分のなりたい姿』を描くように、というけど そもそもどうなりたいんだろう?」と考えてしまう。 そうなると、考えがそこにトラップされて、しばらく思考停止状態になる。 という話をしました。 --- それに対する精神科医の方の話は… ・病気の人じゃなくても、フッと別のことを考えることはあるものです。 ・ただ、病気の人は、そのことを「考えちゃいけない」とか考えがちなんですよね。 と言う話でした。 --- そして、私が仕事中に、急に悲しくなったり、ムカついてきたりするときの パターンについて、最近分かってきたことを話しました。 例えば、自分自身に対して、では無いのですが、 書いた文章や行動に対して、 「おかしい」「意図が分からない」「変だ」と言われたり、 業者の方との応対で、意図が伝わらなかったり、誤解されたりして、 「自分の話し方、言い方等は他人とは違うんだな、 普通ではないんだな」と感じたり してしまった時。 私が過ごした中学・高校時代の、イヤだったことを思い出してしまうんです。 --- 例えば。 中1の時でした、美術の時間。 2人で組を作って、互いに紙粘土で頭部の像を作る、という課題で。 私と組むことになった女子生徒が、正直イヤだったんでしょうね。 いきなり、隣の生徒に対しこう言い出したんです。 「紙粘土が足らないから、分けてね」って。 (まぁ、私は頭デカイですから。) そして、完成が近づくにつれて。 また、隣の生徒に、 「紙粘土分けて。 実物のアゴと頭部が、『異常に』出てるから。」って。 そして、もらった紙粘土を、像の後頭部に、アゴにくっつけながら、 「信じれーん、ありえーん、絶対おかしいって」と。 --- 例えば、私が通っていた学校は、野球で言えば 某チームのファンが非常に多いところでした。 そんな中、違うリーグのパリーグ、しかも私は 当時常勝軍団のLファンではなく、マイナーなBWファンでした。 となると。 私はLが嫌いでした、強いチームって、やっぱりイヤじゃないですか。 でも。 L-BW戦とかあって、ウチが負けると、 わざわざご丁寧に、直接ではなく聞こえるようにネチネチと そのことを行ってくれる奴がいたわけです。 …根っからのLファンではなく、本心は地元の某チームファンなんですけどね。 指名打者の制度すら知らない輩なんですが。 まぁ、要は単に嫌がらせをしたかっただけなんでしょうが。 でも、そんなことをされるたびに、 自分の志向が「普通ではない」と感じ、傷つくには十分なことでした。 --- 例えば、日常会話。 岡山弁では、関西弁で「アカン」にあたることばで、 「オエン」というんです。 「めっちゃ」に相当することばで、「ぼっけー」というんです。 しかし、それは岡山オンリーでの言葉なんです。 …普通に出てくるじゃないですか、会話してたら。 …いちいち、ストップかけられて、聞き返されるんです、 「…どういう意味?」、酷い時には「…何語?」って。 …もう、自分の中では捨てた言葉なので、だいぶ忘れましたけど、 でも、月曜の観戦会の時も、一瞬出て来てしまい、 実は軽くへこんでいました。 --- 今になって考えれば、本当にどーでもいいことです。 だって、標準的な姿かたちなんて、無いですからね。 地方オンリーの言葉なので、「方言」なんですし。 好きなチームは好き、それも違って当たり前ですし。 各個人それぞれ違うことが当然、というのが多少は理解出来ていますから。 --- でも、当時は、ずっと「普通の人」になりたい、と思っていました。 そして、この環境下も、あと何年かの辛抱やから、と我慢して 言い聞かせて生きていました。 …BWファンというのが、少しでも「普通」の環境求めて、 大学は関西を選んだんですけどね…。 --- で、仕事中に、そういった「おかしい」「普通ではない」というのを感じてしまうと…。 そういったイヤだったことを思い出して、 そして、そんな環境でも結局何のアクションも取らずに 生きてきた自分自身を考えてしまって、 本当にイヤなら、そんな学校辞めてでもナンボでも選択肢あったやろ、 地方やったから、都会に住む人よりは選択肢は少なかったけれど… と、そういう自分自身の生き方が許せなくなって。 その時に「こうなりたい」とか考えずに、今の自分があるのだから、 これから先も、きっとこのままなんだろう と。 --- いつも、この考えに陥ってしまうことを、精神科医の方に伝えました。 こうなってしまうと、大概席にいられない位にムショーに腹立つか、 席にいられない位に悲しくなるか、で… 大概、職場の陰で、一人になれる所に行くこと。 今より不安定だった、昨年までは、良く泣いていたこと、 泣いてしまえば、スッキリしますから、 ただ、今年に入ってからは、安定したせいか、泣くことは減った、 ということも伝えました。 --- それに対する精神科医の方の話が、とても参考になるものでした。 --- 例え話。 スタジアムの帰りでもいいです、もの凄い人ごみの混雑の中で、 仮に、有名人を見つけたとします。 そうすると、ずっとその有名人に目が行ったりします、 人数で言えば何百人分の一人か、何千人分の一人なのに。 だから逆に言えば、 何百人分の九十九人か、何千人分の九百九十九人は、 視界には入っているのに、ほぼ見ていないことになります。 --- 同じ考えに陥る、とらわれる、というのは、 そういった、有名人のところに視点が定まって、そこだけを見てしまうことと同じで。 でも、実際は、すれ違った人間というのは何千人単位でいるわけですよね? と。 「気にしない」というのは、 そういったことなんですよ。と。 --- 正直なところ、目からウロコでした。 大概、そういったことを思い出すと、 何で思い出してしまうんだろう? …できれば、もうあの時代のあの地域とは関わりなく生きて行きたいと思っていて、 そして、距離的にもせっかく遠く離れることができたのに… と思っていたのですが。 --- きっと、それは、頭の中で、「消そう、消そう」と考えることで、 考えを消そうとしていたんでしょう。 でも、きっと、方向性が間違っていたんでしょうね。 本当に消すためには、「気にしないようにする」ということで、 そのためには、 少しだけ違うところに、 視点か、目のピントや首の角度を変えることがコツだったんでしょう そのことを、教えてもらえた気がしました。 --- それが、火曜日の出来事。 おかげさまで、何とか水、木はテンパリながらも乗り越えました、 イヤなことを思い出したり、トラップに陥ることも無く… まぁ、今後も感情の浮き沈みはそもそもが激しい人間なので、絶対あるでしょうけれど、 でも、少しは前より振幅を抑えられるかな? と感じた1週間でした。 …って明日もまだ仕事ですね。頑張ります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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