【陽の雫 23】 襲撃
銃声とともに、目の前の人物の腕から血飛沫があがる。「ひっ……」リフィアは両手で口を押さえた。初めて眼にした、暗闇にさっと散った小さな赤が生々しい。「ニールス!」賊の一人を取り押さえていたアルディアスが、その男の首に手刀を叩きこんで気絶させ、血を流した部下のもとに駆け寄る。そうしながら銃声のした方角をふりあおぎ、凍てついた瞳で鋭く視線を放った。夜の官舎街に短い雷撃がはしる。濁った悲鳴と銃を取り落とした音がするとともに、別の場所に隠れていた部下が、素早く走り寄って犯人を取り押さえた。「ニールス、大丈夫か」「かすり傷です、アルディアス様」副官の青年は笑ってみせた。血の流れる傷口をハンカチで押さえ身体を半分ひいているのは、なるべくリフィアの目から隠そうという配慮であるらしい。アルディアスは冷静に傷口をあらためた。腕の肉がえぐれているが、幸い骨に異常はないようだ。青年の腕をとって血止めのヒーリングをする藍色の眼が厳しい。部下を傷つけられたアルディアスの怒り。彼の戦闘時の意識と共時することに慣れてきていたリフィアの心も、その怒りと瞬間同調して一瞬で怖れを退けていた。(こんなふうに誰かが傷つくなんて嫌)心底からそんな思いがわきあがる。怪我したのが自分だったらよかったのに。自分ならば、作戦には関係がない。基本、なにも影響がないはずだ。むしろ足手まといなのだから。こんなのは嫌。肉がえぐれたような傷口は直視できないし、ろくな応戦ができるわけでもない。けれども、囮でと最初言われたときはピンときていなかったことが、今なら理解できる。アルディアスがあえて自分を狙わせようとするその意味も目的も、すっかりとリフィアの腑に落ちて冷静に動けるようになっていた。(アルディ、私、わかったわ。何をしたらいいのか)礼を言って去っていくニールスを見送り、きらきらと燃える瞳でリフィアは伝えた。応えるアルディアスの複雑な微笑から、彼がほんとうは狙われるのは自分一人でいい、と思っていることがわかる。けれどもリフィアは、自分だけが官舎にぬくぬくとしているのは嫌だった。彼の隣に。それもできれば、目的を理解した仲間として立っていたい。彼を待つのではなく、ただ護られているのでもなく、同志として隣に。現実には、リフィアは軍属ではあるものの直接戦場に出てゆけるようなスキルはない。だが彼女自身も狙われている今、彼の思惑を理解してその同じ場所に立てるのならば。停滞していた思考が澄みわたり、普段の思考力が戻ってくる。わきあがる強い決意と力を得て、リフィアは銀髪の男を見上げた。アルディアスがふっと微笑み、心持ちはっきりした声で言った。「怖がらせて悪かったね、リン。明後日は公休日だろう? お詫びに二人で買い物にでも行かないか」(だいぶ向こうもなりふり構わなくなってきているからね。このあたりで焙り出したい)「ええ、あんなに怖いのは嫌よ。でももう大丈夫なのなら、アル、あなた私服がなさすぎだもの。私が見立ててあげるわ。それから美味しいものでも食べさせてくださる?」(これでいいのかしら?)「かしこまりました、姫君。それじゃあ、目抜き通りのショッピングモールにでも行こうか。洋服屋も何軒かあるしね」(OK。ご協力感謝)アルディアスは片目をつぶり、リフィアをエスコートして官舎に入った。翌々日、彼らはラフな格好で買い物に出かけた。公共交通機関は使わず、モールの路上駐車スペースに車を入れてのんびりと歩くことにする。最初いつもと同じ軍用コートをひっかけてきたアルディアスに、リフィアは目をすがめた。「ソレ~?」「……すいません。コートはこれしか持ってなくて」(置いていっても大丈夫?)リフィアが心話で聞いてくる。防備や必要な道具について聞いているのだろう。アルディアスは目で軽くうなずいてみせた。「いくら似合ってたって、今日は軍服はだめ。晴れて暖かいから、寒くなかったら車に置いていって」「仰せの通りに」コートを車の座席に置いて歩き出すと、アルディアスは洗いざらしのコットンシャツ一枚という出で立ちだった。本人はそれほど寒くもなさそうではあるが、学生ではあるまいし、とりあえずこの場所でも浮かない格好にさせねばならない。入り口の案内図を見つめるリフィアに、横からアルディアスが声をかけた。「いつも来ているんじゃないのかい?」「殿方と二人で来るのは久しぶりですわよ」単発のプレゼントではなくて、先の使い勝手まで考えて選ぶのは、父親や兄弟達の買い物以外では初めてだ。 置いてある商品は、ちょっとカジュアルかな?と思いつつ、彼女は入り口から数軒目のオーダーシャツの店へと彼を連れて行った。ジャケットがあればと期待していたのだが、既製品では長身のアルディアスには袖が短すぎた。カーディガン風のジップアップセーターはどうでしょうという店員の薦めに従い、黒いアーガイル柄のニットに決定する。片身頃と同じ側の袖にだけ、明るい色で柄が入っているものを選んだ。ポケットがないため、青い格子柄のアングラーシャツをあわせる。釣り人用の機能的なデザインだから、携帯機器も問題なく身につけられる。両方を着せてみてリフィアはとても満足したので、清算したその服に着替えたアルディアスとともに、シャツのオーダーにはまた寄りますね、と言って店を出た。店の脇にあった案内板をもう一度見ながら、このモール内をどういう風に巡りたいのかを確認する。モールと外をつなぐ通路の口を一通り見てまわる感じということで、一番長い距離でぐるっと歩くことになった。途中、ディスプレイに惹かれた店にちょこちょこと寄っていく。自分も一緒に警戒してみたところでたかがしれているから、そのあたりはアルディアスたちに任せて、リフィアは本気で休日のデートを楽しんでいた。 はしゃぎ過ぎも不自然だろうし、羽目を外さないことだけを念頭に入れておく。しかし多少ぎこちなくても怖い思いはしているのだから、アルディアスの側からあまり離れないようにしていてもおかしくはないだろう。彼女はあえて全体の状況は意識せず、いつもの身の丈のことに集中して「楽しい」を満喫した。ゆるんで楽しそうに見えることが囮としても必要だから、それでいいのだ。神殿の門前から東の港までのびる目抜き通りは、六車線ほどもある大通りだ。神殿を背にして右が司法行政部、左が軍本部で、ここが街の中心街になっている。ショッピングモールは行政部の東側に位置しており、庇の長いセミオープンな施設群になっていた。片手にいくつもの紙袋をぶらさげ、腕を組んでゆっくりと彼らは歩いた。荷物をあえて家にも車にも送らずに持ち歩いているのは、相手を油断させるためだ。ひととおり店を回ると、彼らは休日には人気の少ない行政部の路地を通り、神殿の外苑へと歩いた。軍本部には誰かしらが当直しているが、そこからは離れるルートをとる。行政部の味気ない建物が両脇を埋めはじめ、モールの喧騒が完全に途切れようか、という頃合だった。おしゃべりしながら歩く二人の背中に、いきなり硬いものが突きつけられた。「そのまま歩け。次の路地を右に」押し殺した声がする。背後に黒いコートの二人組がぴったりと張りつき、ポケット越しに銃口を押し当てていた。「わかった」短くアルディアスは答えた。腕をまわしてリフィアの背を抱えるようにし、大丈夫だよ、と細く絞った心話を送る。ツインの心話でもあり、これほど近くても彼らに聞かれる心配はまずなかったが、いちおう答えないようにと伝えた。まるでSPを後ろに従えているような格好で街路を歩く。リフィアはどきどきしながらも、隣を歩くアルディアスのオーラが静かに温度を変えてゆくことに気づいていた。細い路地を曲がった瞬間、アルディアスはリフィアを片腕に抱いて時空をジャンプした。もちろん相手も当然テレポートの可能性は考えていて、そうできないように結界を張り巡らせ、万一逃がしてもすぐに追跡できるような態勢を整えていただろう。だが彼らの持つESP追跡機も連れているサイキックも、急に二人の行方を完全に見失ってしまったらしい。見失いようのない狭い路地で、退路を断つべく集まった大人数に動揺が広がっている。その機を逃さず押し包むように、一網打尽に捕らえてゆくアルディアスの部下達。それらの様子をリフィアは足元に見た。空中に浮いている、というのとはちょっと違う。真っ暗な空間に二人はいて、足元に直径一メートルくらいの窓のようなものがあり、そこから外界が見えるのだ。「いわゆる時間の外れた場所なんだよ」アルディアスが言った。オパレッセンスのような白い光が、彼を中心に二人を暖かくとりまいている。「ここを追える探知機はないし、人でもかなりのサイキックでないと無理だろうね。……よし、戻ろうか」逮捕劇がひととおり落ち着いたのを見計らって、二人は現場に戻った。上司の姿を認めたニールスがやってくる。「やりました、アルディアス様。幹部がいました」「ほう、そうか。焦らした甲斐があったな。君の腕のほうはどうだ?」「おかげさまで、もう何ともありません。重ね重ねありがとうございました」ニールスは腕を振り回して見せた。よかった、とアルディアスが微笑む。ほっと和らいだ彼の心を感じて、リフィアの唇にも微笑が浮かんだ。犯人一味が手際よく護送されてゆくのを見送ると、持っていた紙袋をふいと消して、銀髪の男はにっこりと笑った。「さて、それでは姫君、お約束のディナーといきましょうか」------- ◆【銀の月のものがたり】 道案内 ◆【第二部 陽の雫】 目次 リアルでもばたばたカオスな感じになってきました 笑コメレスやメール等、色々滞ったり遅れたりするかもしれませんが、お許しいただけますと幸いです。ご感想ありがとうございます!いつもありがたく拝見させていただいております。なるべくお返事したいのですが、間に合わないときは、物語を書くことでお返事にさせていただければと思います~すみません><心からお待ちしておりますので♪拍手がわりに→webコンテンツ・ファンタジー小説部門に登録してみました♪→銀月物語 第一部登場人物人気投票!! ↑たか1717さんのご協力をいただいて開催中!お一人様何票でも投票できます♪ よろしかったらぜひ~♪