【銀月物語 38】 グラディウス 2
トールは震える手で顔をおおった。 その記憶は、まさに新月の晩に流れ込んできたもの。それもあのときとは違って、ひどくリアルに、すべての感覚も実際に再現されていた。 肉を斬り骨を断つ感触も、生温かい血を浴びる感触も、みな自分の経験として還ってくる。 手は自分のものとは思えぬほどに冷たく、彼はクリロズの自室で椅子に座ったまましばらく動けなかった。同時存在をする余裕もなく、彼はいまここに一人しかいない。 いつかは見なければならないだろうと思っていた。それはわかっていたが、それでもあの記憶は衝撃だった。 悲しみ、苦しみ、虚無感。グラディウスが持っていた、なんだかわからないような暗い感情が胸にわきあがる。 机に両肘をつき、顔をおおったままトールはゆっくりと息を吐いた。その吐息すら、小刻みにふるえていることが自分でもわかる。 何度かそれを繰り返し、突然トールは顔を上げた。 クリロズの気が乱れている。その中心は・・・・・・緑の少女だった。 彼女はトールの状態を感知しているのだ。そして今彼が見ているものは、新月の晩に彼女が見て絶叫していた、あの情景と同じものに他ならない。 少女が大泣きしてパニックを起こしているのがわかる。トールの顔が青ざめた。 彼女は泣きながらフレディを・・・・・・フレデリカを探していた。 ようやく見つけたところで、しかし混乱したまま別のどこかに飛んでしまう。それはどこか、彼女の仲間のいるところなのだろう。安心を求めて飛び込みながら、けれどもまた誰かと繋がるまえに、今度は少女はクリロズの彼がいる部屋にやってこようとした。 とっさにトールは意思の力だけで立ち上がり、扉に駆け寄るとセキュリティを強化した。手の一振りでレベルを変えるような芸当は今はできない。 少女が泣きながら、どんどんと扉を叩く。 「あけて・・・トール、あけて」 「だめです」 背中で扉を押さえながら彼は言った。彼女の拳が扉を叩く、その振動が身体に伝わる。 できることなら、泣きじゃくる彼女を抱きしめて安心させてやりたかった。 けれども二人がともにマイナス方向に落ちているときにフィールドを繋いだら、共振したあげくお互い引っ張り合って、延々と落ち続けてしまうだろう。 そんなことをするわけにはいかない。 「どうして。あけて・・・あけてよ! トール!」 悲鳴のような泣き声が聞こえて、彼は歯を食いしばった。扉一枚がこんなにも厚く感じられたことは今までにない。 オーク材の四角い結界の向こうで、なんで、いつもあけてくれたじゃない、とすすり泣きの声が続く。 「あけてよう・・・・・・」 「だめだ!」 (シュリカン!) 声と心の両方でトールは叫んだ。 少女の身体がびくりとふるえ、眼をみはって扉の前にへなへなと崩れ落ちるさまが、まるで眼前にいるようにトールには視えた。 慌てたシュリカンの声がきこえる。 (トール、緑はそこか? 動きが早すぎて捕捉できな――) (彼女をサロンに送る。ここにいちゃ駄目だ。ステーションのラファエルのところへ連れていけ) 言うなりトールは最後の力をふりしぼり、それでも優しく瑠璃色の魔法陣で少女を包んだ。 一瞬ののちに魔法陣がサロンへと彼女を送る。 遠ざかる悲鳴を聞き、彼は扉に背を押しつけたまま、大きく息を吐いてずるずると床にくずおれた。 緑の少女が気づいたとき、彼女はどこかの台の上で数人に囲まれており、治療の準備が始められているところだった。 またすぐに意識を失い、次に気づいたときには、真っ白なベッドのある気持ちのよい部屋に寝かされていて、横にラファエルがいた。 少女は外への反応はないけれども意識はある、という状態でベッドに横たわっている。やがてノックがあり、聞きなれたトールの声がした。 「お待たせしました」 「待っていましたよ・・・・・ああ、自分の処理は終えたのですね。見事です」 微笑みを含んだ声でラファエルが言う。ベッドの傍に立つトールの気配に、さきほどの乱れた部分はほとんど感知できなかった。 まだグラディウスを統合したわけではなかったが、とりあえずの処置としてエネルギーを落ち着かせることには成功していた。いつもの穏やかな海のようなオーラに、ただ深い哀しみが見える。 「もう、あのときのことを伝える時期ですよ、トール。わかっているでしょう」 「・・・・・・混乱させてしまっても?」 「一時期のことです。知らないでいても、なにも好転はしない。・・・・・・私達の愛する緑の子」 ラファエルは愛情のこもった目で眠る少女を見た。その明るい緑の瞳をトールへむけて微笑む。 「・・・・・・わかりました」 彼が目を伏せ、そして上げると、大天使は微笑みの波動を残して消えていた。 トールは本体にメールを書かせた。かつて何があったのか、二人にも三次元できちんと伝えなければならない。寝ている少女の本体の地域は今ちょうど夜中で、彼女をも起こしてしまうことになるのが心苦しかった。 (トール・・・・・・) 本体がメールを読み終わったと思われるころ、またぽろぽろと涙を流し、かすかな思念で少女が言った。 (あいしてる。でもばらばらになりそうだ) (どうしたらいい。なにができる? なにがほしい? どうしてほしかった? いってごらん、わがままでいいから) トールは薄く開けられた少女の瞳を優しく見つめる。ずっとずっと昔から、彼はそうしてきた。 はるかな転生をこえて、気の遠くなるような昔から。 (・・・・・・そばにいてくれるだけでいい) (いるよ。これからもずっと、永遠にそばにいる。 すこしでもおやすみ、ずっとここにいるから) 手を伸ばして額をなでる。その感触に安心したように、少女はすうっと眠りにおちた。 「では、そろそろ連れて帰ります」 眠る少女を腕に抱いてトールが言う。 「ええ、じゃあ私がそっちに様子を見に行きますから。ルキアのほうが彼女も落ち着けるでしょうからね」 ラファエルが微笑んだ。 *************この【銀の月のものがたり】シリーズはimagesカテゴリでお読みいただけます。→→登場人物紹介(随時更新)書くのが忙しくてお返事できず申し訳ないのですが、ご感想くださるととっても幸せ♪くださった皆様ありがとうございます~~~~~感涙です><よろしくお願いいたします!今、デセルさんの本体さんが「Evening Emerald」っていうタイトルの記事を書かれてるんですがペリドットって暗いところでも綺麗に輝くためにそう呼ばれて、お守りに使われていたんだそうです。お守りか~~~と知ってなるほど納得。うんたしかに。そりゃもうお世話になりまくりでございますので・・・(^^;透明度の高いペリドット、リアルでもほしいなぁ。探して買っちゃおうかなw(←正直者応援してくださってありがとうございます♪→※連休中、セミナー参加等のため、来週水曜くらいまでメールのお返事ができないかと思います~物語はもう書いてあるので、実家でPCが触れたらささっとアップするつもりですがメールのお返事は自宅に戻ってからゆっくりさせていただきたいと思うのでどうぞよろしくお願いいたします m(_ _)m