逃げられない
気持ちが淀んでいる。思い出してしまった。なぜ嫌な記憶はあんなにも鮮明で鮮烈で吐き気を催すのか。生々しい痛みと怒声と恐怖がせりあがってきて心拍数が上がる。怖くて逃げ出したい。どこに逃げればいい。脳が醒めて、次々としまい込んだ箱に手をかける。酷い耳鳴りに嫌な想像が混ざり合って、わたしは小さな暗闇に閉じ込められる。やめて下さいと懇願するも虚しく、脳みそに直接注ぎ込まれるような音の雨で正気を保つのが難しい。気が狂いそうになりながら、別の音を上書きすることでなんとかその小さな箱から逃れることができる。わたしに両親も息子もいなくなってしまったら、どうしたらいいんだろう。わたしはわたしを保つ術がわからなくなってしまう。考える時間が増えるほど、わたしの時間は逆行していく。要らない記憶が炙り出されて、どこに向けたらいいか分からない苛立ちや不安で押しつぶされそうになる。あいつが死んでも終わらない。わたしが死ぬまで終わらない。