神慮に依る「野辺地ものがたり」
第 二百九十九 回 目 「 人間万歳! 人、この素晴らしいもの 」 ―― ムハンマド の 場合 人物:司会者、男、女、数名 司会者:今回はイスラム教の創始者であり、勝れた戦略家、卓越した政治指導者でもあったムハンマドを取り上げてみたいと思います。右手にクルアーン、左手には剣と言われるムハンマドですが、出自は商人であった。 男「四十歳頃に郊外の洞窟に籠って瞑想していた彼の所を、大天使ガブリエルが訪れ開眼した」 女「大天使ガブリエルは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教と引き継がれた 神の人 であり、イスラム教では唯一神のアッラーの言葉を引き継ぐ役割を担っている」 男「ムハンマドは天上の崇高な世界を説くよりは、徹底して地上の現実世界をよりよく生き抜く方法や理念を実践して見せた」 女「絶対神アッラーの前では人間は皆平等であることを説き広め、自ら実践して見せた。多神教的な偶像破壊も彼自身が率先垂範した」 司会者:ムハンマドはアラビア半島を歴史上で初めて統一した、卓越したWar kingであり、同時にBiz kingと呼びうるただ一人の人間でもあった。 男「War kingとBiz kingについて、少し言葉の解説を付け加えておきましょうか。ワー・キングとは文字通りに武力によって最高の権力者・支配者の地位に立った人物を言います。アレキサンダー大王とかナポレオンなどがその代表例です。ビズ・キングとはビジネス・商業の分野での力によって王位を勝ち取った者を意味しますが、現在の二十一世紀においても事業や商業の領域で世界に君臨する大富豪は何人も出現しているのですが、彼らがキングの名に値する威厳と風格とを併せ持っているか、という点になると首を傾げざるを得ない」 女「その点では、傑出した手腕と人望とを兼ね備えたBiz kingであると躊躇なく言える。また、女性に対しても一定の礼節を持って対したし、被征服者に対しても七世紀初頭の当時としては、例外的に寛大であったと称されている」 男「一つの信仰の下に結束して集団をつくり、勢力を拡大し、教祖の死後には正統カリフ時代を経て、ウマイヤ朝の時代にはアラブ人たちが、東は中央アジア、西は北アフリカ・イベリア半島に至る大イスラム帝国を建設した」 女「その後、帝国は分裂していくものの、イスラム商人らの活動でイスラム文化圏は拡大し、発展する。特に9世紀以降は、イスラム人、次いでトルコ人が台頭してイスラム文化を継承するとともに、イスラム世界の拡大に重要な役割を果たした。ご承知の如くに21世紀の今日では、四人に一人がイスラム教徒と言われる」 男「その礎をSecred kingたるムハンマドとその周辺の信者数十人の集団グループが結束して築き、その後の大飛躍への足場を構築した」 司会者:ところで一神教の系譜にはユダヤ教、キリスト教、イスラム教とあり、それぞれが預言者によって人々に与えられた神の言葉を教えの根本としています。しかもこの三つの啓示宗教の人格神は同一だとされています。 女「つまり根っこの所では同一であるが、その神の言葉を受け取る人間の置かれている時間的、空間的な相違、人間性等によって様々なニュアンス、力点などに相違が出ているだけだと言うことになる」 男「宗教学的な立場に立てば、絶対者と呼ぶに相応しい 神的存在者 は人間的な諸要素を遥かに超越した何物かですから、人間化は本質的に無理であり、人間化した途端に巨大な重要要素が切り捨てられる事に、論理的には絶対になってしまう」 女「と言う事は、敢えて宗教学的な立場に立って、本質的な 絶対者 を仮に想定すれば、と言う事になりますが、その神的な存在者からの啓示とか諭しとかは、人類に対してずっと 呼び掛け を続けていると解釈するのが正しい」 司会者:ここではイスラムの教えを創始したムハンマドの偉大さを褒め讃えるのが本筋でしたから、再びそこに戻りたいと考えます。 男「人間化した絶対者、つまり人格神を対象にした人類の歴史の中では、ずば抜けて傑出した教祖様だと言う事になりますね、ムハンマドは」 女「人間ですから当然に短所や欠点もあったでしょう。戦闘も指揮した。ですから、所謂聖人とか聖者と呼称される人々とは、趣を異にしている。そう言う意味では、宗教界に革命をもたらした」 男「他の偉大な宗教の開祖と同様に、偉大な天才的な宗教家と呼ぶべき人物でしょう」 司会者:ムハンマドの場合にもう一つ特筆すべき点がある。それは彼が商人であったこと。商人とは商業を生業(なりわい)とする者の事で、商業とは 安く仕入れたり作った物・商品を一定の値段で売り、そのマージン・商売での利ざや・もうけを基本収入とする事業 の事。平たく言えば商(あきな)いを言うわけですから、これは実に画期的な出来事であった。 女「封建時代で言えば士農工商、つまり武士、農夫、工人、商人という全ての階級を形作る人々の中で、最下層に位置づけられる階層が、彼ムハンマドの出身だった」 男「現代では商売をビジネス、商人をビジネスマンと呼び替えてみたところで、その本質に変わりがない以上、それに携わる者が世人の尊敬を集めるためには、一定の制限が設けられるのは必然なのでしょうか。しかも、利益至上主義を掲げて軍隊並みのヒエラルキーを堅持して、構成員に強烈な箍(たが)をはめた上で、世界覇権を目指す暴走ぶりを露わにするとなると、人類全体の幸福安寧を将来する器とはとても言えないでしょう」 女「その事実を考える時に、ムハンマドの存在は極めて異彩を放っていると、称賛しないではいられません」 司会者:それでは現代と来るべき次の時代を支配する指導者たる王者は、どの様な人物なのでしょうか? 少し考えてみましょう。 男「現代はPop kingの全盛時代ですし、次世代の王としてはArt kingとでも命名すべき真の実力者が君臨する予感がしますよ」 女「Pop kingのポップとは勿論 popular つまり人気を背景として支配者の座に就いた者ですし、Art kingのアートとは職人とか芸術家の意味を内包した言葉として使用しています。ですからアートキングに期待される力とは、人類全体は勿論のこと、各個人個人の生命力に創造的で生産性の高い彩と、輝きとを増す爆発的なエネルギーそのものであります」 男「物質的にだけでなく、精神的に豊穣で上昇傾向を倍加させる、そうした指導力と包容力とが大いに期待される」 司会者:そうした理想のキングの出現を、このシリーズで取り上げたソクラテス、孔子、釈迦、キリスト、ムハンマド等の偉大な人類の共通の教師達が道を開いてくれている。私たちは、何が何でも、是が非でも地球村の平安と安寧を願わないわけには行きません。 男「人間とは生命を持つ生き物全体と共に、自然状態でも、つまり自然体でいても素晴らしく輝かしい存在なのですが、より深く掘り下げた時に、神々の恩寵を受けている自己に感謝の念を抱き、より生き生きと素晴らしさを倍加させることが可能な存在であり、神の無限の愛情に見習って、自らも仲間と同類とを慈しみ愛(め)で、生命力を発展・伸長させる可能性を所有している」 女「つまり、無条件に絶賛されるべき、世にも珍しい幸福者たちの集団が人類だという結論に達した。正に 人間万歳! なのでありますね」 司会者:私たちは生命体の内部に在ることの至福を、味わい尽くすべき義務があるのですよ。そして、感謝、感謝、そして又、感謝あるのみ。